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Monday, April 4, 2022

グーグル創業者ラリー・ペイジはなぜ成功できた? ジェフ・ベゾスが出資した理由が深い - ビジネス+IT

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グーグル創業者の2人。サーゲイ・ブリン氏(左)とラリーペイジ氏(右)。写真は2004年撮影

(写真:AP/アフロ)


6歳からコンピュータに親しんだ天才少年

 ラリー・ペイジ氏は1973年、ミシガン州で父カール・ヴィクター・ペイジ、母グロリアの次男として生まれています。父親は1960年にミシガン大学からコンピューターサイエンスの学位を受けた最初の学生の1人で、ミシガン州立大学で計算機科学の教授を務めており、母親も同じ大学でコンピュータープログラミングを教えていました。

 科学者の家に生まれたペイジ氏は藤井 聡太竜王なども学んだことで知られるモンテッソーリ教育を受けて育ちました。6歳の頃には早くもコンピュータに触り始めていたようで、こう振り返っています。

「父がコンピューターサイエンスの教授だったのは、本当にラッキーだった。そんな父さんのいる子どもなんて、僕と同じ世代にはほとんどいなかったからね。僕はどんな時でもコンピューターが好きだった。コンピューターがあればいろんなことができるって思っていたからだ」(『Google誕生』p41)

 9歳年上の兄(メーリングリストサービスのeGroups設立者)の影響もあり、コンピュータをいじるのが好きだったペイジ氏は、父と兄にならってミシガン大学に入学してコンピューターエンジニアリングを学びます。ミシガン大学の教授たちによると、ペイジ氏は「本当にずば抜けていた。1人抜きんでていた」(『Google誕生』p43)存在だったようです。

のちの共同創業者となる「数学の天才」との出会い

 1995年、スタンフォード大学大学院に進んだペイジ氏は、年下ながらスタンフォードでは2年先輩にあたる「数学の天才」サーゲイ・ブリン氏と意気投合し、一緒に過ごし、一緒に研究もするようになります。

 当時のスタンフォード大学には起業家精神をかき立てる雰囲気が満ちていましたが、共に大学教授の息子であるペイジ氏とブリン氏にとっては、大切なのは起業することでも、金持ちになることでもなく、博士号を取得することが最優先でした。

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インターネット急成長期、検索にはもっといい方法があるはず

 ペイジ氏が大学院で取り組んだのは、急速に成長していたインターネットの世界で、巨大なデータの山から必要な情報を抽出する方法でした。当時も検索エンジンはいくつもありましたが、スタンフォード大学のラジーヴ・モトワーニ教授によると、当時の検索エンジンは「不備だらけで、まるで意味のない検索結果がやたらたくさん出てくるだけ」(『Google誕生』p59)でした。

 インターネットを検索するには、ほかのもっといい方法が必要だと考えていたペイジ氏はある時、「科学文献にたくさん引用される論文ほど重要である」という考え方をインターネットの世界に持ち込むことを思いつきます。こう振り返っています。

「ある時、突然夢から飛び起きたんだ。その時頭にあったのは『ウェブ全体をダウンロードして、リンクの記録を取ったらどうだろう』という考えだ。すぐにペンをつかんで、アイデアを書き留めたよ」(『グーグル秘録』p59)

【次ページ】検索エンジン「Google」誕生。「不可能は無視して臨め」

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