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Thursday, August 12, 2021

人生変えた小3のパソコン 「できない」が「できる」に - 朝日新聞デジタル

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 私は時々、こんな事を考える。それは「もし私が50年前に生まれていたら?」という思考実験だ。

 なぜそのようなことを考えるかというと、私が重度の身体障害者で寝たきりだからだ。

 私は今、自身を「寝たきり社長」と称し、会社経営を行っている。自分のような寝たきりの状態でも会社を経営できるのは、間違いなく現代のテクノロジーの進歩のおかげと言える。寝たきりでもテクノロジーをうまく使えば働けるし、会社経営だってできる、ということを今の私は証明できている自負がある。

 だからこそ、インターネットやコンピューターがない時代に生まれていたら……と考える。きっと私はベッドの上で何もすることができずに、ただ退屈な毎日を過ごしていたと思うのだ。

小3で買ってもらったノートパソコン

 そんな私がコンピューターと出会ったのは、ちょうど物心が付いたころ。家で父親が触っていた。当時の私はまだ幼く、あまりコンピューターに興味はわかなかったが、それでも慣れないコンピューターに四苦八苦しながら、目を輝かせている父の表情を鮮明に覚えている。

 本格的に自分でコンピューターを触り始めたのは小学3年生のときだった。学校の宿題で毎日、日記を書くというものがあったのだが、先天性の進行性難病から徐々に筋力が弱くなっていく私にとって、文字を書くという行為が次第に難しくなってきた頃だ。

 ある日、小学校の先生が「音声入力という方法があるよ」と目を輝かせながら私に教えてくれた。その先生の勧めで自治体の補助を活用し、親にノートパソコンを購入してもらったのが始まりだ。音声入力そのものは、まだ精度が悪くて使い物にならなかったけれど、それ以来パソコンは、私の生活に欠かせない物になっていった。

 なかでも、日本語入力ソフトの予測変換機能には感動した。「き」と打つだけで「今日は」という文字が出る。手で書くのではありえないことだった。私は、日記や作文といった課題は、少しずつノートパソコンに切り替えていった。パソコンを使えば、無駄な作業が減るし、効率がよくなる。そんなことをおぼろげに感じていた。

先生に出会い、テクノロジーに感動

 だが今から20年前、当時の養護学校の先生の中にはコンピューターに苦手意識を持つ人も、もちろんたくさんいた。授業中に私がノートパソコンを取り出してほしいと依頼しようとすると、「授業中に遊ぼうとするんじゃない」と怒って、とりあってくれない先生もいた。みんなが手書きでノートを取っている中で、ひとりだけパソコンで、というのはなかなか受け入れ難かったようだ。

 ただ、中学3年生になった時、私は今までにない先生と出会った。その先生は国語の先生で、コンピューターにとても興味を持っていて、学校の授業の際にも積極的に活用していた。

 少年のような先生で、コンピューターで何か面白いことができるようになると、生徒に自慢げに見せていた。それに、障害をもつ私たちの役に立ちそうなツールを見つけると、うれしそうに教えてくれた。

 今ではコロナ禍のリモートワーク普及で当たり前になったが、当時はその存在や利便性を知る人は少なかったインターネット通話も、先生はすでに活用していた。私も、夜遅くに先生とインターネット通話をしたことがあったが、その日の夜は、テクノロジーのすごさに感動して眠れなかった記憶がある。

自分の手で描けなくてもパソコンなら…

 その先生に出会ってから、私は今まであきらめていたことをインターネットやコンピューターを使ってチャレンジできないかと考えるようになった。そしてある日、コンピューターでパラパラ漫画を作ってみたいと思いついた。

 その理由は、通常であれば自分の手で大量の絵を描かなければならないパラパラ漫画も、コンピューターを使えば自分の手で絵を描くことができない私でも、実現できるのではないかと思ったからだ。同じような障害を抱える友人たちと、一緒につくりたいと思った。

 私はそのアイデアを総合学習の授業でやってみたいと思った。でも、総合学習の先生に話をしたところ、「そんなしょうもないことはやらなくていい」と言われ、とても落ち込んだ。

 ところが、コンピューター好きの先生に話したら「面白そうじゃないか、ぜひやってみたらいい」と言ってくれた。その先生いわく、何から何までコンピューターを活用することが大事とは言わないが、コンピューターやインターネットを活用することで、障害者ができないと諦めていたことが出来ることになるのであれば、それは絶対に使うべきだという持論だった。そして、総合学習の先生に話をしてくれた。

 おかげで、私は友人たちと一緒に学校の授業で、コンピューターを使ってパラパラ漫画を作ることができた。自分たちでストーリーを考えて、デジカメでとった写真を取り込んだり、専用のソフトを使って絵を描いたりして、15秒ほどのパラパラ漫画の動画をつくって、友達や先生たちの前で発表した。

 みんなに「すごいね」と褒められ、私は今まで以上にコンピューターの可能性に魅了された。

「できない」を「できる」に 後輩への思い

 それから私は、現代のテクノロジーを最大限に活用することで、あらゆる「できない」を「できる」に変えてきた。もし、子どもの頃にパソコンとの出会いがなければ、もし、あのとき友人たちと力を合わせてパラパラ漫画を作っていなかったら、今ほどコンピューターを活用していなかったかもしれない。経営者にも、なっていなかったかもしれない。

 だからこそ私は、私が子供だった20年前よりさらなる飛躍を遂げたテクノロジーを、後輩の障害児が有効に活用できていない姿を見ると、心の底から「もったいない!」と叫びたくなる。

 私が子どものときは精度が悪かった音声入力も、今や無料で、だれでも使える時代になった。話すことが苦手なら文字を入力して機械に読み上げてもらえばいいし、視線だけで入力できるツールだってある。

 そんな思いから、私はいま、新しい事業の立ち上げを準備している。障害児や障害者がICT(情報通信技術)を活用するための教室を開講する予定だ。ただノウハウを伝えるのではなく、その子が何をできるようになりたいか、何をやりたいかを聞いて、それをどうしたら実現できるかICTを使って一緒に考えたいと思っている。

 講師は、最近学校を定年退職された、あの「コンピューター好きの先生」に依頼した。私は中学時代以来のどこかワクワクした気持ちで、開講にむけて奮闘中だ。(佐藤仙務)

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