サンタバーバラ研究所でグーグルの量子コンピューターを前にする同社のサンダー・ピチャイCEOと、量子コンピューター研究チームのダニエル・サンク氏。
REUTERS
さらにグーグルは2019年、53量子ビットの量子コンピューターで、特定の計算において既存のコンピューターの性能を上回る「量子超越性」を実証したと発表しました。これも研究者たちの間では非常に大きな出来事でした。
藤井教授は、
「5量子ビットであれば、まだ紙と鉛筆でできるぐらいの計算しかできないので、まだそこまで怖くはありませんが、50量子ビットとなると装置の構造も複雑になり、計算も難しくなってきます。現場の研究者として、わずか5年間で5量子ビットから50量子ビットを達成したというのは、とても早いと感じました」
と話します。
グーグルが短期間で量子超越性を成し遂げられたのには、理由があります。
「それぞれの学生がとがった研究をしてファンシーな(面白い)論文を書かなければいけない大学の研究室とは異なり、グーグルはチームで分担しながら研究開発をしています。『量子コンピューターそのものをつくりたい』というエンジニア志向の人が集まって研究しているので、なおさら開発が加速されたのではないでしょうか」(藤井教授)
量子情報科学分野の老舗で基礎研究を続けてきた米IBMも、グーグル参入のタイミングから人員を増やして研究開発に乗り出しています。2016年には5量子ビットの量子コンピューターをクラウドで公開。2022年には433量子ビットを搭載したプロセッサも発表しました。
中国でも、中国科学技術大学が2020年代に「量子超越性」を達成したと発表し、量子コンピューターをめぐる国をまたいだ開発競争は激化しています。
また、藤井教授によると、世界中でハードウェア、ソフトウェア双方で開発を進めるスタートアップ企業が立ち上がってきており、「ここ数年で、量子コンピューターのエコシステムができあがってきた」といいます。
画像:藤井教授提供
藤井教授自身も、量子コンピューターを用いたソフトウェア開発や企業と関連する共同研究を行うスタートアップ「QunaSys」(キュナシス)に、2018年の設立時から技術顧問として関わっています。
「今はまだ量子コンピューターを使ってどんなビジネスの価値が出るかははっきりしていませんが、近未来的には、材料計算や化学反応シミュレーション、人工知能の機械学習などに使えるようになる可能性が高いと考えています。だからこそ今の段階から、ユーザー企業のコミュニティを作り、量子コンピューターに何ができて、今後5年10年でどう発展するかを探っていくことがビジネス上、重要になるのです」(藤井教授)
画像:藤井教授提供
ハード開発「誰が勝つかはまだ分からない」
量子コンピューターの研究開発競争は、ハード・ソフトともに加速しています。
ハード開発においては、名前をよく聞く企業は限られているのが現状です。ただ、藤井教授は、今の関係がこのまま続くかどうかは分からないと指摘します。
例えば、情報を載せる量子ビットを作る手法はさまざまあります。
グーグルやIBM、理化学研究所が搭載しているのは「超伝導回路方式」と呼ばれる超伝導物質を利用した方法です。ほかにも、電荷を帯びた原子である「イオン」を真空容器の中に閉じ込めて量子ビットとして利用する方法や、半導体や光を用いて量子ビットを作る方法などもあります。
理化学研究所が開発した16量子ビットの素子。
RIKEN Center for Quantum Computing
藤井教授は、
「現状で超伝導回路方式が先行しているのは事実ですが、量子ビットはまだまだ不安定であり、『超伝導で決まり』というわけでは全くありません」
と率直に語ります。
というのも、量子コンピューターに計算ミスを修正する(ノイズを抑える)仕組みを組み込み、本来期待されたポテンシャルを最大限引き出すには、量子ビットは100万程度必要になると考えられているからです。
「それだけ大量の量子ビットを格納できる冷却装置の開発や量子ビットの小型化など、超伝導回路方式での技術的な課題は山積しています。少ない数であれば非常に安定して存在できるイオン方式は急速に発展していますし、光方式では東京大学の古澤明教授や武田俊太郎准教授ら世界トップクラスの研究者がいます。
1量子ビットを作る方法はたくさんありますが、100万量子ビットを実現する方法は、一つぐらいしかないのではないかと言われており、誰が覇権を握るか、予断を許さない状況です」(藤井教授)
グーグルは、2029年までに100万量子ビットの量子コンピューターを実現しようと意気込んでいます。実際問題として、100万量子ビットの量子コンピューター実現の時期はいつ頃になりそうなのでしょうか。
「個人的にはあと20年程度必要だと考えていますが、量子コンピューター研究では、去年の常識が今年には塗り替えられているほど研究開発が速いため、100万量子ビット実現はもう少し早い可能性もあります。いち早く100万量子ビットに到達した国や企業が先行して計算を進め、薬の特許などビジネス上の利益を囲い込むことにならないよう、私たちは準備を急がなくてはなりません」(藤井教授)
また最近では、ノイズをある程度許容した「NISQ」(Noisy Intermediate-Scale Quantum deviceの略)というタイプの量子コンピューターで使えるアルゴリズムを構築しようという動きも進んでいます。ここで実社会に活用できるものを生み出すことができれば、量子コンピューターの社会実装は、さらに加速するかもしれません。
国産機実現で見えてきた、産業化への道
2021年7月に東大とIBMが発表した、「IBM Quantum System One」。IBMもグーグルと同じように垂直統合型の開発を進めてきた。
画像:IBM
国内に目を向けると、2023年3月には、理化学研究所で国産初号機となる量子コンピューターがクラウド公開され、インターネットを介して研究用途を中心に外部利用が可能になりました。
国産機は、超伝導方式の量子ビットを64個並べたもので、藤井教授は、
「50量子ビットを超えて演算できるのは世界で5グループ程度しかありません。国内では一時、量子コンピューター研究が停滞していた時期があったのですが、やっとトップ集団に入ったと言うことができます」
と指摘します。
さらに藤井教授が強調するのは、このコンピューターがいち企業で垂直統合式に開発されたのではなく、国のプロジェクトとして、さまざまな大学や研究所によって水平分業式で作り上げられた点です。
「例えば制御装置は私のプロジェクトで理論設計し、大阪大学の量子ソフトウェア拠点で実装し、大阪大発のスタートアップ・キュエル(QuEL)が製造・販売しています。
これは他にはないユニークな点で、『ほしい人は誰でも買える』ということを意味しているのです。装置の性能が高ければ、グーグルやIBMが買うこともあり得ます。そうすれば、日本の技術が市場で広く受け入れられるデファクトスタンダードになるかもしれないのです。今後の産業化を見据えて日本の勝ち筋はあると期待しています」(藤井教授)
8月のサイエンス思考の後編では、日本がトップを走る「光量子コンピューター」の可能性について、東京大学の武田俊太郎准教授への取材を元に紹介します。近日公開予定です。
からの記事と詳細 ( 国産「量子コンピューター」で見えた日本の勝ち筋。グーグルやIBM、世界で加速する研究開発の現在地 - Business Insider Japan )
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