発表のポイント
◆リング状の分子に軸状の分子が貫通した「ロタキサン」構造は、ノーベル化学賞の対象となった分子マシンにも利用され、さまざまな物質の組み合わせでその構造を実現することが課題になっていました。
◆多孔性金属錯体(MOF)と呼ばれる無数の穴が空いた結晶に高分子を貫通させることにより、世界で初めて超巨大なロタキサンの合成に成功し、MOFaxane(モファキサン)と名付けられました。
◆ネックレスのような構造に由来する特殊な性質により、自己修復材料や耐衝撃材料などのさまざまな機能性素材への応用が期待されます。
従来のロタキサン(左)と今回合成に成功したモファキサン(右)の構造の例
発表概要
東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻の細野暢彦准教授、植村卓史教授、東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻の飯塚知也特任研究員(研究当時:博士課程)らは、これまで分子スケールでしか合成されていなかったロタキサン(注1)と呼ばれる物質を、世界で初めて結晶と高分子(注2)の組み合わせで実現し、従来の1000倍以上のサイズで合成することに成功しました。
ロタキサン(rotaxane)は、リング状の分子(rotor)へ、軸状の分子(axis)が貫通した構造を持ち、rotor + axisに由来してrotaxaneと名付けられた超分子(注3)です。1960年代に発表されて以来、その魅力的なロタキサン構造は化学者の興味を掻き立て、2016年にノーベル化学賞受賞の対象となった分子マシンにも利用されています。しかしこれまで合成されたロタキサンは、全てリング状の分子と軸状の分子の組み合わせで合成されてきており、種類も極めて限られていました。小さな分子だけでなく、さまざまな物質の組み合わせでロタキサンを実現することは、長い間化学者のアイデアが試される課題となっていました。
今回、無数の細孔(微細な穴)を有する多孔性金属錯体(MOF)(注4)の結晶全体に、高分子を貫通させることにより、世界で初めてリング状分子以外の物質でロタキサン構造を実現させることに成功しました。この新物質は、ロタキサンの命名法に倣い、モファキサン(MOFaxane)と名付けられました。ロタキサンは、ネックレス状の構造に起因したユニークな性質により、自己修復材料や耐衝撃材料といった高機能材料への応用が進んでいます。実現可能なロタキサンの種類を飛躍的に増やす本成果は、ゴムやコーティング材料、電池材料といった身の回りの材料の高機能化につながります。
本研究成果は、2023年6月9日(英国夏時間)に国際科学誌「Nature Communications」のオンライン版で公開されました。
発表内容
〈研究の背景〉
ロタキサンは、リング状分子(rotor)と両末端にストッパーを持つ軸状の分子(axis)の2つの要素からなる超分子です。1961年にロタキサン類が初めて提案されて以来、さまざまな有機および無機元素からなるロタキサン構造が合成されてきました。1992年には、1本の高分子上に複数のリングを持つポリロタキサンが合成されました。ロタキサンでは、リングと軸の間に結合がないため、リングは軸上を自由にスライドすることが可能です。このユニークな構造により、さまざまな変わった機械的特性を示すことが知られており、現在エラストマーやヒドロゲル等の多様な機能性ソフトマテリアルの開発に利用されています。しかし、従前の固定観念から、これまでの(ポリ)ロタキサンに関する研究は分子スケールの構造設計に焦点を当てたものばかりでした。そのため、ロタキサン構造をリング状分子以外の物質で実現しようとする試みは一切されてきておらず、知られているロタキサンの種類も極めて限られていました。
〈研究の内容〉
そこで当研究グループは、新しいロタキサンの要素として、多孔性金属錯体(MOF)と呼ばれる結晶に着目しました。MOFは有機物の配位子と金属イオンが連結してできる格子状の構造を持っており、その格子にはナノメートルサイズの小さな穴(細孔)が無数に存在します。MOFは、細孔内にガス分子などの小さな物質を吸着する性質が知られており、これまでガス分離やガス貯蔵技術への応用に向けた研究が盛んに進められてきました。一方で、ガス分子よりも大きな高分子は、MOFの細孔には入ることができないため、吸着されないと考えるのが常識でした。しかし当研究グループは最近、MOFの細孔へ高分子が取り込まれる現象を発見しました。高分子は長い紐状の構造を持つ化合物です。高分子は、末端から滑り込むようにMOFの細孔に入り、細孔内に吸着されることが明らかとなったのです。この発見以降、高分子がMOFへ吸着されるメカニズムや、分離技術等への応用研究が進められてきました。
しかし、これまでの高分子吸着実験では、MOFの結晶サイズ(一般に数百マイクロメートル程度)よりも圧倒的に短い高分子(MOF結晶の直径に比べ1/1000から1/10000程度)を使用することが一般的でした。ここで当研究グループは発想を転換し、MOFの結晶サイズより長い高分子を用いれば、高分子がMOF結晶を貫通したロタキサン構造が実現できるというアイデアを導き出し、実験を行いました。軸となる高分子には、化粧品や医薬品などに多く使われているポリエチレンオキシド(PEO)を用い、MOFにはテレフタル酸(bdc)とビピリジン(bpy)配位子が銅イオンで連結した構造を有する[Cu2(bdc)2(bpy)]nを用いました。これまでは分子量約2,000 g/molから20,000 g/mol(伸びきり時の長さ約0.015 µmから0.15 µm)のPEOを用いてMOFへの吸着実験を行っていたのに対し、本研究では分子量約4,000,000 g/mol、伸びきり時の長さが30 µmにおよぶ極めて長いPEOを用いました(図1)。また、MOF結晶のサイズを0.3 µm程度まで小さくすることで、1本のPEOに複数のMOFが通ることができる設計を行いました。これらのPEOとMOFを混合し、加熱することでPEOをMOFの細孔内に導入しました。
図1.今回の研究で使用したポリエチレンオキシド(PEO)の長さとMOF結晶の大きさの比較(概略図)
結果、粉末X線回折測定、原子間力顕微鏡観察、熱分析法などを用いた詳細な解析により、実際にMOF結晶にPEOが貫通した構造が得られていることが示され、世界で初めて結晶と高分子という異なる物質間で形成される新しいロタキサン構造の合成に成功しました。この新しい物質は、ロタキサンの命名法に倣い「MOF」と「axis」の組み合わせから「MOFaxane(モファキサン)」と名付けられました。
なお、今回合成したモファキサンは、1本のPEOに複数のMOF結晶が通ることに加え、1個のMOF結晶に複数のPEOが貫通しており、全体はネットワーク状の構造を形成していることが明らかになっています(図2)。このようなネットワーク構造は、現在知られているポリロタキサン材料においても利用されており、強靭な力学特性を示す一方で柔らかい性質を示すような新しい高機能性材料の開発に応用されています。
図2. 今回の研究で得られたMOFaxaneのネットワーク構造
〈今後の展望〉
今回達成したモファキサンの合成は、ロタキサン構造がリング状分子以外の物質でも有効に構築できることを示す発見であり、今後ロタキサン類の種類を非連続的に増加させることにつながる画期的成果です。ポリロタキサンは、通常の高分子では得ることのできない特殊な性質を示し、現在自己修復材料や耐衝撃材料などへの応用研究および実用化研究が精力的に進められています。今回の成果により、扱えるロタキサンの種類が飛躍的に増えることで、ゴムやコーティング材料、電池材料といった身の回りのさまざまな材料の高機能化につながります。
発表者
東京大学
大学院工学系研究科応用化学専攻
細野 暢彦(准教授)
植村 卓史(教授)
大学院新領域創成科学研究科物質系専攻
飯塚 知也(特任研究員)〈研究当時:博士課程・日本学術振興会特別研究員〉
論文情報
〈雑誌〉Nature Communications
〈題名〉An approach to MOFaxanes by threading ultralong polymers through metal-organic framework microcrystals
〈著者〉Tomoya Iizuka, Hiroyuki Sano, Benjamin Le Ouay, Nobuhiko Hosono*, Takashi Uemura*
〈DOI〉10.1038/s41467-023-38835-5
〈URL〉https://doi.org/10.1038/s41467-023-38835-5
研究助成
本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金・基盤研究(A)(課題番号:JP21H04687)、基盤研究(B)(課題番号:JP21H01981)、新学術領域研究「発動分子科学」(課題番号:JP21H00385)、特別研究員奨励費(課題番号:JP21J12230)、文部科学省・データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト事業(課題番号:JPMXP1122714694)、東京大学・UTEC-UTokyo FSI Research Grant Programの支援により実施されました。
用語解説
(注1)ロタキサン:
リング状の分子の輪の中を軸状の分子が貫通した構造を持ち、リング状分子が抜けないように軸状分子の両端にストッパーをつけ固定した分子。リング状分子と軸状分子の間には共有結合がないため、リング状分子は軸状分子の上を自由にスライドすることができる。1本の軸に複数のリングを持つものは、1992年に大阪大学 原田明教授らのグループによって初めて合成され、ポリロタキサンと呼ばれる。また、軸状分子の両端にストッパーがないものは擬ロタキサンと呼ばれる。東京大学大学院新領域創成科学研究科 伊藤耕三教授らのグループによりポリロタキサンやポリロタキサンネットワークを利用した新素材開発が進められ、その成果をもとに設立された本学発ベンチャー(アドバンスド・ソフトマテリアルズ株式会社・現株式会社ASM)によって世界で初めてスライドリングマテリアル(SeRM®)として製品化された。
(注2)高分子:
たくさんの小さな分子が連結してできた巨大分子。ポリマーとも呼ばれ、一般に長い紐状の分子構造を持つ。身の回りのプラスチックの原料となるだけでなく、医薬品や化粧品など、さまざまな製品に用いられている。
(注3)超分子:
複数の分子が、共有結合よりも弱い相互作用(ファン・デル・ワールス力、水素結合、配位結合など)により結びついた構造を有する分子の総称。
(注4)多孔性金属錯体(MOF):
金属イオンと有機化合物が結合することで構成され、無数の規則的な細孔を骨格中に有する結晶性物質。金属有機構造体とも呼ばれる。吸着材や触媒などへの応用が幅広く検討されている。
プレスリリース本文:PDFファイル
Nature Communications:https://www.nature.com/articles/s41467-023-38835-5
からの記事と詳細 ( ナノクリスタルのネックレス「モファキサン」の合成に成功 ―高分子が結晶を貫通した規格外の新物質― - 東京大学 先端科学技術研究センター )
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