ライター・コラムニストの佐藤友美さん。
撮影:千倉志野
育児うつ、保育園落ちた、ワンオペ育児—— 。
育児の厳しさが日々メディアで報じられるなか、小学館から一冊のエッセイが刊行された。タイトルは、『ママはキミと一緒にオトナになる』。現在12歳になる息子「キミ」との3年間におよぶ日常が綴られている。
インタビュー当日、著者の佐藤友美さんは「昨日テニスでアキレス腱切っちゃいました〜」と、松葉杖をつきながら笑顔で登場した。はつらつとした彼女のエッセイを読むと、子育ては捉え方次第で楽しいことの方が多いのではと思える。
世の「子育て」に対するイメージから考えることや、表題にある「キミと一緒にオトナになる」とはどういうことかを聞いた。
子育ては「大変」と言われているけれど
—— 本の中の「大変も幸せも、両方あって、おおむね幸せ。話すほどでもない幸せは、ちゃんとある」という言葉が印象的でした。佐藤さんは以前から「言うほどでもない幸せ」によく気づいていたのでしょうか?
撮影:千倉志野
いいえ、気づいていませんでした(笑)。
連載のお話をいただいたときは「いくらでも書ける!」と思っていたのですが、書き続けていくうちに子育てって毎日事件が起きるものではないことに気づきました。
それでも2週間に一度締め切りはやってきます。連載に書ける内容を探すために日々の観察をいっぱいするようになりました。
だんだん息子が何気なく言った一言なんかも気になり出して、「どういう意味かもうちょっと詳しく教えてくれる?」と聞くようになりました。
そうしていたら、締め切りがないと書き残していなかったような、何気ないけどかけがえのない出来事がいっぱい集まったのです。
—— 「子育て」は大変なイメージが定着していますが、佐藤さんのエッセイには、「気づき」や楽しみが溢れているように感じます。
家族で温泉に行こうとしたら「行きたくないという僕の気持ちも大切にしてほしい」と言われたり、背の小さい子に「ちっちゃい」と言ったことに対して注意したら、「それはただの特徴でしょ?」と言い返されたり。
確かに子育ては楽勝ではありませんが、「すごく苦しいイメージ」を持たれている方があまりにも多いなと感じています。
私はシングルマザーで子育てをしながらフリーランスとして働いているので、育児と仕事の両立に関する取材を受けることが多くて。
その時に、「子育てはものすごく辛いもの」ということを前提で聞かれる質問が多いことに驚きました。
一方で、ママ友と直接会って話をすると、子育ての楽しいエピソードをいっぱい聞くんです。
「うちの子たち可愛いんだよ」とか「子どもがこんなことができるようになって嬉しい」とか、子育ての楽しい部分の話がほとんどです。
—— どうして苦しいイメージばかりが定着してしまっていると思いますか。
撮影:千倉志野
SNSなど公の場では、楽しい面ほど発信しにくい一方で、苦しい面は拡散されやすいからだと思います。
世の中にはいろいろな価値観がありますし、さまざまなご事情のある方もいらっしゃいます。
特に子育ての場合は、楽しいエピソードが「幸せ自慢」と捉えられることもあるでしょう。
周りのママ友も、SNS上に子どものことを発信する時は、閲覧制限をかけて投稿したり、アカウント自体に鍵をかけたりしている人が多いです。
不特定多数の目に触れる環境の中で、子育ての楽しい面はなかなか発信しにくいのだと思います。
一方で、子育てを巡る社会課題がさまざまにあるのは事実で、今後のために拡散されるべき情報だとも思います。
——苦しい情報ばかりが入ってきて、子育てに対して前向きになれず、悩んでいる方も多いような気がします。
この間、初めての出産を控えるママ友たちが、「現役ママから不安を煽るような言葉ばかりかけられてしんどい」と話していました。
「自分の時間がなくなるから今のうちに旅行しておきな」とか、「毎日眠れなくなるから覚悟したほうがいい」とか。
初産婦さんは、備えておくべきことよりも、これからが楽しみになるようなエピソードを欲しているのではないかと感じます。
ただ、私の周りのママ友は、二人以上産んでいる方がすごく多いんです。純粋に子育てが楽しいから「もう一人欲しい」と思えるのかなという気がします。
確かに大変なこともいっぱいあるけれど、「大変だけじゃない」ということの証明なんじゃないかなとも思います。
一緒に「オトナ」になっていく
撮影:千倉志野
—— 本のタイトルは「大人」が「オトナ」と表記されています。何か理由があるのでしょうか?
漢字の「大人」は「成熟した大人」、カタカナの「オトナ」は、「大人になるまでの過程も含めての大人」というイメージがありますよね。なのでカタカナの「オトナ」にしようと、連載をしていた「kufura(クフラ)」の佐藤編集長と話をしました。
私自身も、「キミ」と過ごしていくなかで、考えたことや彼から教わったことを、少しずつ自分の人生に足していって一緒に成長していく、みたいなところを目指したいなと思っていました。
—— 本の中でも、子どもが生まれてから「できるようになったことがずいぶん多い」と書かれていましたよね。人に頼れるようになったり、謝れるようになったりしたと。子育てを通して得た学びは、仕事をするときなどでも活かされているのでしょうか?
実は私、ライター講座を主宰していまして、卒業生のメンバーと一緒にメディアを運営しています。そこで、元生徒さんたちの原稿をチェックすることがあるんです。
以前は原稿にすぐ直しを入れていたんですが、それをやめました。
最初から直しを入れるんじゃなくて、まずは「どうしてそう表現したor書いたの?」と本人の意図を聞いてみるようになったんです。
今までは「分かりにくいから」と削ってしまっていた一文も、「この一文を入れた理由はなんだっけ」と聞くようにしたら、ちゃんと頷ける理由がある。
理由が分かれば本人の意図を生かすアドバイスもしやすくなりました。
—— 佐藤さんは「キミ」の意見も常にフラットな目線で聞いていますよね。「キミ」が壁にぶち当たってもがいているときも、あまり介入せず、そっと見守っている印象がありました。
本の中でも『「息子と接していてよく頭に浮かぶ言葉は、馬を水辺に連れていくことはできても、水を飲ませることはできない」と言うことわざだ』と書かれています。
撮影:千倉志野
「キミが決めるのがいいよね」っていつも思っています。
エッセイを掲載する時も、息子に「載せていい?」って都度確認するようにしていました。
生きていると、さまざまな人がいろいろな選択肢を提示すると思うけど、「最終的にはあなたが決めたらいいんじゃないかな」と思って接しています。私と全く違う考えを持っていることも多くて、それはそれで興味深いです。
とにかく、目の届くうちに小さくいっぱい失敗してほしい。北海道の実家に「ペチカ」というロシア式暖炉があるんですが、暖炉の周りがレンガで覆われていて、火傷するほどではないんですが熱いんですよね。
子どもが興味本位で触ってしまったことがあるんですが、その熱さを身をもって実感してからは、一切触らなくなりました。
同じように、うまくいかない経験をすることで、そこからどう頑張っていくか、みたいな復帰策を考えることができると思うんですよね。
打たれることで強くなる
JRの高輪ゲートウェイ駅にある日本初の無人コンビニ「TOUCH TO GO」。
撮影:伊藤圭
以前、Business Insider Japanで、JR東日本からカーブアウト(新規事業などを親会社から切り分け、親会社から出資を受けつつ別企業として独立させること)して日本初の無人コンビニを作った、阿久津智紀さんという方の取材をさせていただきました。
あの時、人生で一番大事なことは「打たれ強さ」ではないかとしみじみ思ったんです。
—— 詳しく聞かせてください。
阿久津さんは、いろんな場所でものすごい「打たれている」人なんです。
予期せぬタイミングで地方に送り込まれたり、提案した企画を「絶対無理だ」と言われたり。
ただ、打たれたことに対して、全然悲観的になっていない。
例えば、会社内が有名校出身のエリート揃いのなか、阿久津さんだけがそうじゃなかったらしいのですが、むしろそれをチャンスと捉えていた。
「自分はエリートじゃないから失うものが何もない。だから上司にもいろんな意見をぶつけることができた」とおっしゃっていて。
困難が目の前に立ちはだかったときに、それをどう捉えて次に繋げていくのかを考えることができたら最強だと思うんです。
阿久津さんのように、否定的な意見を浴びても、真っ直ぐ自分の考えを言えるとか、「じゃあどうすればいいですか」と聞けるとか。
失敗しないことよりも、折れない力の方が、この先絶対大事だよなって思いました。
—— 佐藤さん自身も、本の中で「中学生の時、下駄箱の中にカミソリ入りの封筒が入っていることがあったが、そこまで悲観的にならなかった」と書かれていましたよね。佐藤さんも折れない力は人一倍強そうですが、他にも「打たれた」経験はありますか?
私、子どもの頃からソフトテニスをやっていて、実は中学校の全日本チャンピオンなんです。
父は教師であり、有名なソフトテニスのコーチでもありました。
でも、私が小学校4年生の時、世界ジュニア選手権でベスト8まで進出して来年こそは優勝できるんじゃないか、というタイミングで父の転勤が決まり、転校したんですよ。転校先にはテニス部もありませんでした。その時は、心底「打たれた」気がします。
—— 積み上げてきたものが急にリセットされた瞬間は、非常に辛かったのではないでしょうか。
撮影:千倉志野
当時は父のことをめちゃくちゃ恨んで、しばらく口をききませんでした。チャンピオンまであと一歩、というタイミングで転勤を決めるなんて、あり得ないと思いました。
でも、その後、父はその転校先でゼロからテニス部を作り、私も初心者の同級生たちにラケットの持ち方を教えるところからスタートしました。最終的には初心者の人たちと全国優勝を果たしたんですね。
父のおかげで、ゼロから皆でチームをつくっていくことの面白さや、誰かの一歩を応援することの喜びを知りました。今になって、世界大会で優勝するよりも、もっと大事なことを学べたのかなと思っているんです。
—— 「親の育て方が人生を左右する」という話をよく聞きますが、理想の親になれなくてもがいているオトナはいっぱいいると思います。
私、親の影響って本当にそんなに大きいのかなって思うんですよ。
もちろん、命に関わることとか、人をいじめちゃいけないとか、そういうことは教えていかないといけないと思いますが、親が責任を負いすぎて苦しくなる必要はないんじゃないでしょうか。
職業柄、インタビューする機会がよくあるんですが、いわゆる「天才」とか「スペシャリスト」とか言われている人たちが、親御さんから理想の教育を受けてきたのかというと、実はそうでもないことの方が多い気がします。
「親は放任主義だった」と言う人もいれば、「教育熱心な親だったけど、それが辛くて家出した」と言う人もいて。
そういう話を聞いていると、子どもの個性や才能は、親の思惑を軽々と超えていくものだと思うんですよね。
子どもは、親が思っている以上に、いろいろな人やものから影響を受けています。
例えば祖父母や学校の先生、お友達、塾の先生とか。ものでいえば、映画、音楽、ゲーム、ニュース……他にもいっぱい。
多様な考えや価値観にもみくちゃにされているからこそ、自分なりの考えが生まれていくのではないでしょうか。
それは子どもだけでなく、親である我々も一緒です。
さまざまな価値観や意見に触れて、子どもと一緒にもがくことを楽しみながら、オトナになっていけばいいのかなと思います。
撮影:千倉志野
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