出典:日経クロステック、2023年1月6日
(記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります)
2023年は日本にとっての「量子コンピューター元年」になる。国産ハードウエアの実機が初めて稼働するからだ。量子コンピューターの開発は米IBMや米Google(グーグル)などが先行するが、日本も追い上げを図る。量子コンピューターの構成部品には日本の中小企業の製品が多く使われていることも見逃せない。本特集は、現在最も開発が進んでいる超電導方式に焦点を当て、量子時代到来のカギを握る技術に迫る。
超電導量子コンピューターの心臓部は量子ビットチップと制御装置だが、重要な部品は他にもある。量子ビットの極めて微弱なマイクロ波信号をノイズを抑えながら増幅する高性能なアンプや、それらの電源などだ。こうした部品の開発・製造で貢献を目指しているのが、これまで宇宙や天体、医療といった最先端機器向けの部品で強みを発揮してきた日本企業だ。
表●超電導量子コンピューターの主要部品とその開発メーカー
(作成:日経クロステック)
部品 | 部品の役割 | 日本の企業や研究機関 | 海外競合 |
---|---|---|---|
超電導量子ビットチップ | 演算素子である超電導量子ビットを搭載 | 理化学研究所、富士通 | 米IBM、米Google、中国アリババ集団など |
制御装置 | 量子ビットの制御や読み出しなど | 大阪大学、キュエル | 米Keysight Technologiesなど |
低雑音アンプ | 量子ビットの信号を低ノイズで増幅 | 日本通信機 | スウェーデンLow Noise Factory など |
低雑音電源 | ノイズの発生を抑えながらアンプなどの部品に電源を供給 | エヌエフ回路設計ブロック | |
配線ケーブル | マイクロ波信号を伝送 | コアックス | |
配線コネクター | 各部品や温度帯をまたぐ配線などを接続 | 日本航空電子工業、川島製作所 | |
希釈冷凍機 | 量子ビットが動作する極低温環境をつくり出す | アルバック・クライオ | フィンランドBluefors、英Oxford Instrumentsなど |
量子ビットの情報を読み出す際、量子ビットから観測できるマイクロ波は微弱なため段階的に増幅する必要がある。その役割を果たすのが、量子ビットチップと同じく絶対零度に近い約10ミリケルビンの環境に置くジョセフソン・パラメトリック・アンプ(JPA)と約4ケルビンの環境に置くHEMT(High Electron Mobility Transistor、高電子移動度トランジスタ)アンプ、制御装置内などの常温域に置く低雑音アンプだ。
神奈川県愛甲郡愛川町に本社を置く日本通信機は、HEMTアンプを量子コンピューター向けに開発し、国内の研究機関向けに提供している。同社はテレビやラジオなどの放送用機器のほか、宇宙電波天文学や太陽電波天文学といった領域向けにマイクロ波、ミリ波、サブミリ波の受信機システムを開発・製造する社員数88人(2022年10月時点)の中小企業だ。
日本通信機が量子コンピューター向けに応用するのは電波天文観測向けに培った技術だ。電波天文観測では、はるか遠くの天体が発する微弱な電波を増幅して観測する。微弱な電波をノイズを抑えて増幅するために、分子運動を抑えられる数ケルビンの温度で動作するHEMTアンプを用いる。「数が出る商品ではないため、製造しているメーカー自体少ない」(岩下裕孝取締役営業部主管部長)が、日本通信機は回路設計から増幅素子の評価、アンプの製造・評価まで社内でできる体制を整え、国立天文台などの数々の観測所向けにHEMTアンプを納めてきた。
微弱なマイクロ波を3段階で1000倍に増幅
日本通信機が量子コンピューター向けに開発したHEMTアンプ「9848XA」は、周波数10GHz前後の微弱なマイクロ波を1000倍に増幅する。300マイクロメートル角ほどの増幅素子を直径25マイクロメートル、長さ1ミリメートルほどの金のワイヤで3つつなぎ、3段階で増幅する構造だ。
設計に際しては冷却時の部品や部材の性能を把握する必要があるが、数ケルビンの極低温で動作させる環境は多くはないため、メーカーも公表していない場合が多い。日本通信機は「試験評価用に数ケルビンまで冷やせる冷凍機も開発し、部品や部材をテストして設計に生かしている」(技術部マイクロ波グループの原淳主管)という。
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