INTERVIEW
公益財団法人計算科学振興財団
末久 広朗氏
高原 浩志氏
中谷 景一氏
スーパーコンピューターの民間利用は、主に科学技術計算用途で大規模かつ高速な計算を行うスーパーコンピューターの計算資源を中小企業などの民間において産業利用する取組みです。公益財団法人計算科学振興財団は、産業利用向けのスーパーコンピューターを持ち、民間利用の普及活動を行っています。
今回は、製品開発などのものづくりにおけるスーパーコンピューター活用に注目し、計算科学振興財団常務理事(兼)事務局長の末久広朗(すえひさ・ひろあき)氏、人材開発グループ長(兼)研究部門長(兼)シニアコーディネータの高原浩志(たかはら・ひろし)氏、普及促進グループ長の中谷景一(なかたに・けいいち)氏に、中小企業での利用例や課題を伺いました。
スーパーコンピューター民間利用の普及を進める計算科学振興財団
──── 計算科学振興財団というのはどのような組織なのでしょうか。
「私ども計算科学振興財団ですが、愛称はFOCUS(Foundation for CompUtational Science)と言います。2008年にスーパーコンピューター「京」の産業利用促進を目的に、兵庫県、神戸市、神戸商工会議所と産学官の連携協力、および関西経済連合会の協力のもと設立されました。その後、HPCI(High Performance Computing Infrastructure)の利用需要の掘り起こしなどを行い、組織内にある高度計算科学研究支援センターを活動インフラとして事業展開をしてきました。
現在の事業の主な目的は、理化学研究所のスーパーコンピューター「富岳」をはじめとするスーパーコンピューターの産業利用促進や研究支援、普及啓発など、計算科学分野の振興のため、産業利用への環境整備、普及啓発活動、シミュレーション技術の普及による産業の活性化、人材開発、研究活動といった事業をすることとなっています」(末久氏)
──── このHPCIはどういう概念なのでしょうか。
「HPCIというのは「富岳」を中核として大学などの計算資源を学際大規模情報基盤共同利用・共同研究拠点事業(JHPCN)を学術情報ネットワークSINET5(Science Information Network 5)という高速ネットワークでつなぎ、計算資源を有効に活用しようという取り組みのことです」(末久氏)
──── HPCIでつながれているネットワークには「富岳」のほかにどのようなスーパーコンピューターがあるのですか。
「2021年度では、東京大学や京都大学などの旧七帝大と東京工業大学、筑波大学、産業技術総合研究所、最先端共同HPC基盤施設、海洋研究開発機構(地球シミュレータ)、理化学研究所のスーパーコンピューターという構成になっています。これらをつなぐSINET5は2022年4月からSINET6になります。HPCIのスーパーコンピューターは主に学術研究の目的なので、産業利用を目的とした私どものスーパーコンピューターはHPCIには入っておりません」(高原氏)
──── このHPCIにおける計算科学振興財団(FOCUS)のスーパーコンピューターの位置づけというのはどのようになっているのでしょうか。
「スーパーコンピューターには多種多様な機種や計算資源、規模があり、「富岳」を頂点として、その下にHPCIのスーパーコンピューターが位置しています。これらスーパーコンピューターの企業向けの入門機・練習機、スタートアップとして私どものスーパーコンピューターがあります」(高原氏)
スーパーコンピューターの利用料金や手続きはどうなっているのか?
──── 一般の企業が計算科学振興財団(FOCUS)のスーパーコンピューターを使いたい場合、どのような手続きになっているのでしょうか。
「FOCUSスーパーコンピューターは、原則的に産業利用向けですので、簡単にスピーディーに使えるようになっています。ご利用の申請は、必要な書類を提出していただければ、3業務日以内を目標に審査を終えてアカウントを発行するようにしています」(末久氏)
──── 利用料金はどうでしょうか。
「アカウント発行は年度・従事者1名あたり1万円で、利用者1名について1アカウントとなります。スーパーコンピューターの利用料金は、ノード・時間単位の従量制、そして午前10時から翌日午前10時までの1日単位と月単位または年度単位の期間専有制があります」(末久氏)
──── どれくらいの企業がどのように利用しているのでしょうか。
「ご利用される企業には企業名を公表していただいておりますが、どのような研究をされているのかについては公表は自由ですし、私どもも研究課題について関知しておりません。2021年12月3日現在で218社にご利用していただいており、設立当初からのべで374法人、603課題となっています(2022年3月時点では381法人、620課題)。
企業に使っていただくためには、まずスーパーコンピューターを使えばこんなことができるというような普及啓発が必要です。興味をもっていただいた企業があれば、講習会やセミナーなどを受けていただき、それを通じて実際に使えそうだということになればアカウントを取得していただくという流れが多いです」(末久氏)
──── アカウントはお一人1つということですが、1社あたりどれくらいのアカウント数になりますか。
「1社1アカウントの場合もありますが、1社で数アカウントの場合が多く、中には1社で数十アカウントといったところもあります」(高原氏)
──── 計算科学振興財団(FOCUS)のスーパーコンピューターを企業が使うメリットというのはどのあたりにありますか。
「産業利用に最適なアーキテクチャとして、現在10種類のシステムを入れており、それぞれに特徴や得意分野があります。使用状況にもよりますが、用途に応じてこうしたシステムを選んでいただけるというのがメリットの一つです」(末久氏)
──── このシステムというのは何なのでしょうか。
「私どもが提供しているスーパーコンピューターのシステムのことです。技術革新によって新たなシステムを導入し、その時期によって世代も違ってきますから、古いシステムは価格を安く、最新のシステムは価格を高く設定しています。私どものシステムには大きく次のような特徴があります。
それぞれ、ノード(大まかに言えばプロセッサやメモリの塊り、スーパーコンピューターでは1つの管理単位)間の通信遅延が少なく、ノード間をまたぐ大規模な並列計算に向いたシステム、ノード内で完結したりノード間通信の少ないジョブ、小規模な解析を多数行う計算に向いた小規模中規模並列計算システム、そして「富岳」と同じアーキテクチャをもつシステム、高性能GPU機やベクトル機を搭載したシステム、大容量メモリを搭載したシステム、高速リモートデスクトップ対応したHPCIプリポストシステムといった特徴的なシステムとなっています<図1>」(中谷氏)
──── ノードというのは多いほど良いのでしょうか。
「多いほど並列計算をたくさん行え、速く計算できることになります。例えば、一つのプログラムを5個のノードで行うのと10個のノードで行うのでは、仮に通信処理が無視できるならば、処理速度が2倍になるということです。ただ、ノードが1つしかないシステムもありますが、それ自体の性能が高くなっています」(高原氏)
──── 使い勝手のいいスーパーコンピューターというわけですね。
「「富岳」やHPCIのスーパーコンピューターで使っているのは、企業では一般的でないチップを使っていることもあります。一方、私どものスーパーコンピューターは使っているチップも汎用(Intel社製CPU)のものになっていて、基本的にごく普通に使われているパーソナル・コンピュータのチップです。そういう意味でも使い勝手のいいスーパーコンピューターというわけです。使いやすさ、メンテナンスのしやすさ、安定性、コスト面、冷却などの観点から適切なチップを搭載したシステムを選んでいます<表1>」(中谷氏)
<表1>計算科学振興財団(FOCUS)の各システムノード性能一覧
現在は10種類のシステムがあるそう(提供:計算科学振興財団)
中小企業でのスーパーコンピューター活用の課題は、経営者の理解不足と利用人材の育成
──── スーパーコンピューターを企業が使う上での問題点はありますか。
「技術者が使いたいと思っても、経営者の理解がなければなかなか難しいということがあります。そのため、私どもでは経営者向けのセミナーも開催し、普及啓発を進めています。スーパーコンピューターを使おうということになった場合、まずは実際に使う方のスキルアップが重要です。そのために技能や知識などに応じ、基本から応用、個別のアプリケーションの使い方まで、いろいろな講習会を開催しています。また、具体的に社内でどう使えばいいのかなど、ハードウェアの設備面も含めた技術的なアドバイスもしています」(末久氏)
「私どもでは、外部の機関とも連携しつつ、年間のべ200回近い講習会を開催しています。ただ特に中小企業では、人材育成以前に社内でシミュレーションができるような環境を作ることが重要です。その上で、市販のパッケージソフトを使う場合でも、コンピュータ利用に関するハードルを下げることが重要です。
「ここには安価で手軽にスーパーコンピューターを使えるようにハードウェアや利用制度が整備されていますが、やはり特に中小企業では利用できる人材の育成が急務なのではないかと考えています。例えば、大手自動車メーカーでは直下の系列企業向けの人材育成をしていますが、その下の企業は置き去りにされています。中小企業の人材育成をどうするのかが問題だと思いますが、各地域の公設試研究機関を頼るというのも一つの解決法かもしれません」(中谷氏)
──── 計算科学振興財団(FOCUS)のスーパーコンピューターはLinux OSなのですね。
「そうです。一部、GUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)を利用してビジュアルに操作可能なアプリケーションもありますが、基本的にはLinuxコマンドを入力して操作します。ただ、FOCUSスパコンの基本的利用の範囲であれば、高度なLinux操作の必要はありません」(高原氏)
「FOCUSスパコンでは、商用のアプリケーション、オープンソース、自社開発アプリケーション、それぞれ使うことができます」(中谷氏)
──── 中小企業が計算科学振興財団(FOCUS)のスーパーコンピューターなどを使った事例にはどのようなものがあるのでしょうか。
「例えば、メガネ製造で有名な鯖江の企業である株式会社シャルマン様と公設試験研究機関である福井県工業技術センター様は、あとのつきにくい鼻パッドのシミュレーションを行いましたし<図2>、神戸市でトンネルの換気制御装置などを作っている株式会社創発システム研究所様は道路トンネル内で火災が発生した時の温度分布や煙の濃度分布などの予測シミュレーションを行っています。
鼻パッドは試作よりも効率よく開発できたことでコストや時間を削減することができ、トンネル火災の場合はこれまで2週間を超える時間がかかっていたのを48時間でシミュレーションできるようになりました」(中谷氏)
──── スーパーコンピューターを使ったシミュレーションは中小企業にとっても重要なのですね。
「大企業はすでにスーパーコンピューターを使ったシミュレーションによる製品開発をやっていますから、部品調達をする取引先にもシミュレーションによる部品の性能評価を求めてくるでしょう。つまり、シミュレーションができない企業は生き残れない時代になってくるということです。中小企業であっても、経営者がそこに気づくことができるかどうかだと思います」(中谷氏)
中小企業にとってもスーパーコンピューターを使ったシミュレーションは無視できないものになっているようです。計算科学振興財団のスーパーコンピューターを使う企業は全国規模になっているといいますが、ものづくりでの導入も現実味を帯びています。
文・写真/石田雅彦
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