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量子コンピューターのビジネス応用について、化学に並んで検証が進んでいるのが金融分野だ。金融市場におけるリスク計算などに活用すべく、大手金融機関が研究を続けている。ただし誤り訂正が可能な量子コンピューターが前提なため、長期視点での検証が必要だ。
株式や債券を扱う金融市場取引の業務では、しばしば金融工学を利用して数理的に難しい問題を解くことが求められる。具体的にはデリバティブプライシングやリスク量計算などで、「モンテカルロシミュレーション」という手法が必要となる。しかしモンテカルロシミュレーションは計算負荷が大きくなりがちなため、金融機関の実務ではリスク量計算の頻度などが制限されているのが実情だ。
量子コンピューターを使うと、モンテカルロシミュレーションの大幅な高速化が可能になると期待されている。もしそうなれば、金融機関は顧客に合わせた柔軟な金融取引や精緻なリスク量の評価を即座に実行できる。量子コンピューターには他にも、ポートフォリオ最適化など取引戦略の策定や機械学習による予測といった幅広い応用シナリオが見込まれる。金融機関にとってリスク量計算などの高速化は収益力の向上に直結するため、各社ともこの分野の研究に力を入れている。
金融分野における量子コンピューターに対する期待と現状
観点 | ポイント |
---|---|
将来的な期待 | 複雑なオプションやリスク量の計算であっても、日中に店頭で容易に計算が可能になる |
現状 | ヨーロピアン型オプションの価格決定計算といった簡単な計算の実証にとどまる |
PoCの方向性 | 量子コンピューターの適用先と将来像に関する理解を深める。業務ニーズのある計算モデルを量子コンピューターで解けるか検討する |
例えば日本では、本連載の第3回でも取り上げた慶応義塾大学と日本IBMが設けた研究拠点「IBM Quantum Network Hub at Keio University」において、みずほフィナンシャルグループ(みずほFG)と三菱UFJフィナンシャルグループ(MUFG)、三井住友信託銀行が共同で、量子コンピューター用アルゴリズムの改善に関する共同研究などに取り組んでいる。
またみずほ第一フィナンシャルテクノロジーや大阪大学なども、金融工学の各種計算モデルを量子コンピューターで解くためのユースケースの研究開発を続けている。
海外に目を転ずると、米JPMorgan Chase(JPモルガン・チェース)や米Goldman Sachs(ゴールドマン・サックス)が、量子コンピューターの金融分野での応用に関して最も先進的な取り組みを進めている。
現在の応用研究は大手金融機関が中心だが、今後、量子コンピューターによってこの分野の実用的な計算ができると分かってくれば、より多くの金融機関が研究に取り組むようになるだろう。
筆者らが所属するNTTデータでも、金融分野における量子コンピューターの応用に注目している。例えば、ローリスクハイリターンな投資戦略を求めるポートフォリオ最適化に、量子アニーリング方式が扱える組み合わせ最適化が適用できるか検証した。量子ゲート方式に関しても、主にモンテカルロシミュレーションの高速化をターゲットに、内部での技術検証を進めてきた。今後は実証実験の他、実用化に向けた具体的な研究開発も進めたいと考えている。
金融派生商品の価格決定に量子コンピューターを適用
量子コンピューターによる金融計算の高速化が注目されるようになったのは2018年から2019年ごろのことだ。JPモルガンや米IBMが2019年に発表した、ヨーロピアン型オプションのプライシング(価格決定)を量子ゲート方式で高速に解く論文の影響が特に大きかった。
このときに解いた問題自体はブラック・ショールズ方程式で解析的に解けるため、現行方式のコンピューター(古典コンピューター)でも十分速く計算できるものだった。それでも量子コンピューターが金融計算に使えることを具体的に示した点に大きな話題性があった。
量子コンピューターの金融への応用で使うアルゴリズムは、期待値を高速に計算できる「量子振幅推定アルゴリズム」(QAE)だ。QAEは量子ビットの誤り訂正ができるFTQC(Fault Tolerant Quantum Computer、誤り耐性量子コンピューター)が必要なアルゴリズムで、大きな計算量の削減が保証されている。もしQAEが実際に使えるようになれば、産業に大きなインパクトをもたらすことは間違いない。
しかしQAEを現在の量子コンピューター、量子ビットの誤り訂正ができないNISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum Computer、ノイズがありスケールしない量子コンピューター)で動かそうとすると、ノイズによるエラーの影響を受けてしまい、意味のある計算結果は得られない。金融分野における量子コンピューターの本格活用には、まだまだ時間がかかると考えられている。
こうした事情があるため、現在は2つの方向性でQAEに関する研究開発が進んでいる。
からの記事と詳細 ( 量子コンピューターの金融への応用、長期の視点で検証が必要な理由 - ITpro )
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