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Monday, June 27, 2022

量子コンピューターはどのように計算する? - 日本経済新聞

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日経ビジネス電子版

「量子コンピューター」と聞いても何がどうなっているのか見当もつかず、ついつい敬遠してしまう――。そんな人が多いのではないだろうか。だが最近では物流などデジタル化が進んでこなかった分野でも活用が進み始めており、誰もが「関係ない」とは言えない分野になりつつある。

そもそも量子とは何か、量子コンピューターは従来のスーパーコンピューターなどと比べてどう違うのか、など基礎的な部分をおさらいしよう。

◇    ◇    ◇

「こんなに量子が面白いなんて」――。2021年、人知れず盛り上がりを見せた動画配信の授業がある。テーマは「量子アニーリングを利用した組み合わせ最適化問題の解法に関するワークショップ・チュートリアル」。東北大学大学院の大関真之教授が量子コンピューティングの人材育成で裾野を広げようと、国プロジェクトの一環として開催したYouTubeの授業だ。

なにやら小難しそうな量子コンピューターの世界だが、独フォルクスワーゲンの交通の流れの最適化などを分かりやすく解説するうち受講者らは引き込まれていく。

講義の最終目標は「量子コンピューターを活用したアプリ」の企画提出。質問への回答や応募者のアイデアに対し、予備校講師経験のある大関教授がリアルタイムで軽快につっこんでいく同企画には、普段は量子コンピューターに縁のない社会人から高校生の母親まで数百人が熱中し、参加者の希望で当初の予定時間を大幅に延長、日程も増やすなど「白熱教室」さながらだった。

授業やコンテストでは「量子で最適なグループ分けをする『量子婚活街コン』」「給食の献立作成」「プレゼントレコメンド」など様々なアイデアが飛び出し、国が4月に公表した「量子未来社会ビジョン」の将来活用の一事例としても掲載された。「想定を超える反響だった。量子力学を勉強していない、だから使えない、という時代じゃなくてもよいのでは」。大関教授は22年の開催も検討中。量子コンピューター利用者の裾野は少しずつ広がり始めている。

10億回相当の計算も1回に

量子コンピューターの開発が注目されているのは、半導体の性能が18カ月で2倍になるという「ムーアの法則」に限界が生じている、との指摘があることにも起因する。従来のコンピューターが限界を迎えており、突破するために従来と全く異なる技術として注目されているのが量子コンピューターというわけだ。

では、まず量子コンピューターとスーパーコンピューターを含む従来のコンピューターの仕組みの違いから解説していこう。

従来のコンピューターは、「0」か「1」の値をとる「ビット」を基本単位として計算する。これに対して量子コンピューターは、「0」と「1」どちらでもある「量子ビット」を基本単位として計算する。いうなれば、コインが表か裏のどちらかを示している状態と、回転し続けている状態の違いだ。

従来のコンピューターは2進法で計算するためnビットの場合、2のn乗を逐一計算する。2ビットで考えてみよう。

この場合、従来のコンピューターは2の2乗である4通りを順番に組み合わせて一番いい組み合わせを回答する。一方量子コンピューターでは、量子ビットにより4通りの組み合わせを同時に表せる。つまり1回で4通りに相当する計算が可能なのだ。30ビットではもっと大きな差がつき、30量子ビットは1回で2の30乗の10億通り以上に相当する計算が可能だ。

もっと簡単に言えば、迷路で何通りも試してゴールするのか、複数ルートを同時並列で検討してその中でゴールできそうな道を選ぶか、というのに似ている。

従来のコンピューターは全ての選択肢を一つひとつしらみつぶしに検討するのに対して、量子コンピューターはそれらしいモヤモヤした答えから、より確かな答えへと精度を上げていく手法を取る。

量子コンピューターにも複数の種類がある

では、量子コンピューターにはどのような種類があるのか。大きく分けると、幅広い用途に使われる「ゲート方式」と、組み合わせ最適化問題を解くのにフォーカスした「アニーリング方式」の2つがある。

これについて大関教授は「会社組織の意思決定方法に例えると分かりやすい」と話す。

「新拠点、AとBどちらに置く?」という議題を設定した場合。ゲート方式とアニーリング方式とでは答えの導き方が異なる。

ゲート方式は逐一経営者が「隣の人と話し合って」「部署内の意見を集約して」などと細かく指示して、最終的な結論へと導く。一方、アニーリング方式は「あの人がAなら私もAかな」など社員が互いの関係性や顔色を鑑みて決めていくイメージが近いという。

日本の科学者らが活躍

では、量子コンピューターはどのような歴史をたどってきたのだろう。同分野の歴史は1982年、米物理学者のリチャード・ファインマン氏が量子力学を応用したコンピューターという概念を提唱したことに端を発する。

だが当時はどんな分野で強みを発揮するのか分からず、実機開発に取り組む動きは少なかった。潮目が変わったのが94年、数学者ピーター・ショア氏が素因数分解を現実的な時間で解けるアルゴリズムを発表したこと。「身近な計算が速くなる、と関心が高まった」(大関教授)

翌95年、ショア氏らは量子コンピューターの理論に欠けていた「誤り訂正機能」のアルゴリズムも発表。実はコンピューターも計算を間違えることがある。そこでコンピューターがどこを間違っており、どこを直せば正しい計算結果を得られるか、きちんと調べられる方法を編み出した。量子コンピューター最大の課題を理論的に解決できるとして第1次ブームが幕を開けた。

このころ、重要な役割を果たしたのが日本の企業や大学に所属していた科学者たちだ。当時NECにいた中村泰信氏や蔡兆申(ツァイ・ヅァオシェン)氏が量子コンピューターのハードウエアに欠かせない「量子ビット」の開発に成功したことで、ハードウエア開発の道が開けた。

ただ2000年代に入ると、ハードウエアの開発が予想以上に困難となり、「冬の時代」が続く。量子コンピューターが再び脚光を浴びたのは11年、カナダのベンチャー企業のDウエーブ・システムズが「組み合わせ最適化」に用途を限定したアニーリング方式の量子コンピューターを発表した時だ。突然の発表は業界を驚かせた。

10年代は第2次ブームといわれ、停滞していたハードウエアの開発が進んだ。16年には米IBMが汎用計算に使えるゲート方式の量子コンピューターのサービス提供を始めた。

19年には米グーグルが独自開発した量子チップ「Sycamore(シカモア)」で、スパコンが約1万年かかる難問をわずか3分20秒で解き終えるという「量子超越性」を実証したと発表。ただ、これについてはIBMがスパコンでも2日半で達成できる、と反論している。

IBMは21年、日本初のゲート型商用量子コンピューターを稼働させた。米国、ドイツに次ぐ世界で3番目の設置国となる。

「量子」技術が広がる

現在国内では海外メーカー提供のシステムを使いながら実用を探る他、NECや富士通など国産メーカーが提供する量子コンピューターに似た「疑似アニーリング」技術を使って、実際にハードがより進化した時のために用途を模索している状態だ。20~30年後の日本社会の課題解決を目指した「ムーンショット型研究開発制度」でも研究がなされている。

ここまで量子コンピューターに関する説明をしてきたが、同分野は今後例えばスパコンと得意分野を分けて活用するなど、既存の技術と連携する形で活用が進んでいきそうだ。

「量子」とつく技術がいくつもあり紛らわしいが、他にも量子通信・暗号や量子計測・センシングといった分野がある。暗号分野では、東芝が手掛ける量子暗号通信が金融や医療、公共機関など秘匿性の高い分野向けに開発されている。量子暗号通信は量子の性質を利用した通信として先行して実用化が急がれているが、さらに高い安全性を目指しているのが量子インターネットだ。

同分野では21年、「分散量子計算」や「秘匿量子計算」が可能な量子インターネットの産学連携のための団体「量子インターネットタスクフォース(QITF)」が設立された。量子ネットは光子(光の粒)が持つ量子としての特性を利用しており、長距離のやり取りでも原理上は情報が漏れず、究極の安全な通信網とされる。従来の低コストで速いインターネットとは特性が違うため、組み合わせて使われる見通しだ。

量子ネットはまだ世界で標準化されておらず、海外では18年ごろから欧州が先行して注力してきたが、米国も20年以降、シカゴなどで研究を始めている。一方の国内も政府が量子ネットの国プロジェクトを立ち上げる方針を打ち出している。QITF団体代表のメルカリR4Dシニアリサーチャー、永山翔太氏は「世界中がおのおのの強みを持ってしのぎを削っている分野であり、日本がけん引していける可能性がある」と期待する。

同じ「量子」を使った技術でも、「量子コンピューターと量子インターネットは竹皿と竹とんぼくらいの別物」(東芝デジタルソリューションズ岡田俊輔社長)。だが政府は量子未来社会ビジョンで国内の量子技術の利用者を30年に1000万人にする目標を打ち出した。取り組む分野は違っても、技術や知見を共有し合うことで、国として活用を広げられる可能性は十分にある。

(日経ビジネス 西岡杏)

[日経ビジネス電子版 2022年6月24日の記事を再構成]

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