
米国の政府関係者は、ハッカーによる差し迫った危険に対処する一方で、もう一つの長期的な脅威にも備えている。それは、サイバー攻撃者たちが将来的に解読できることを期待して、今のうちに暗号化された機密データを収集しているという脅威だ。
この脅威は、現在使用されている古典的なコンピューターとは全く異なる仕組みを持つ量子コンピューターによってもたらされる。量子コンピューターは、「1」と「0」で構成される従来のビットの代わりに、異なる値を同時に表すことができる量子ビットを使用する。この複雑な性質により量子コンピューターは、特定のタスクをはるかに高速でこなし、現代のコンピューターでは実質的に解決不可能な問題を解決できる。例えば、個人情報や企業機密、国家機密などの機密データを保護するために現在使われている暗号化アルゴリズムの多くを解読できるのだ。
量子コンピューターはまだ初期段階にあり、莫大な費用がかかり、多くの問題を抱えている。だが、政府関係者は、この長期的な危険から国を守るための取り組みを今すぐ始める必要があると述べている。
米国立標準技術研究所(NIST:National Institute of Standards and Technology)の数学者であるダスティン・ムーディー博士は、次のように述べている。「国家の敵が、大型の量子コンピューターを手に入れ、機密情報にアクセスする脅威は現実のものです。彼らは暗号化されたデータをコピーし、量子コンピューターを手に入れるまで保持しようとしているのです」。
このような「今収穫して後で復号する」という戦略に直面して、政府関係者は、新たに登場してくる強力な機械から機密を守るための新しい暗号化アルゴリズムを開発・展開しようとしている。中でも米国国土安全保障省(DHS:Department of Homeland Security)は、いわゆる「ポスト量子暗号」への長く困難な移行を主導している。
サイバーセキュリティと新興技術について国土安全保障省長官に助言しているティム・モーラー博士は、「ある朝起きたら技術的なブレイクスルーが起こっていて、3〜4年分の仕事を数カ月でこなさなければならなくなり、しかもそれに伴うリスクもある、というような状況は避けねばなりません」と述べている。
国土安全保障省は最近、ポスト量子暗号への移行のためのロードマップを発表した。その中ではまず、政府内とビジネス界の両方で、最も機密性の高いデータをカタログ化することを呼びかけている。モーラー博士は、これが重要な第一歩だと言う。「どの業界がすでに移行を実施しているのか、そしてどの業界が今すぐ行動を起こすための支援や認識を必要としているのかを把握するためです」。
事前の準備
量子コンピューターが有用なことをできるようになるまでには、まだ10年以上かかる可能性があると専門家たちは述べている。だが、中国と米国の両国は量子コンピューターの開発に資金を注ぎ込んでおり、量子コンピューターの実現と、その攻撃に対するより優れた防御手段の設計に向けた競争はすでに始まっている。
国立標準技術研究所の「ポスト量子暗号プロジェクト」を率いるムーディー博士によると、米国は同研究所を通じて2016年からコンテストを開催しており、2024年までに量子コンピューターに対して安全な最初のアルゴリズムを作り出すことを目指している。
ポスト量子暗号への移行は、面倒で時間のかかる作業として広く知られており、放っておけば手遅れになりかねない。営利目的の組織にとっては、脅威が現実のものとなる何年も前から、将来の漠然とした脅威に備えて支出をするのは難しいかもしれない。
「企業が今、移行について考えていないと、NISTのプロセスが完了するころには大変なことになり、危機感はそこまで迫っているでしょう。そうなると偶発的な事故のリスクも高まります。慌てて移行するのは、決して良いことではありません」と、モーラー博士は述べる。
より多くの組織が迫り来る脅威について考慮し始めるにつれ、ポスト量子暗号を謳っている製品を販売する企業がすでに現れるなど、小規模だが熱気に満ちた産業が生まれている。しかし、国土安全保障省の担当者は、そうした製品を購入しないよう明確に警告している。ポスト量子暗号のシステムがどのように機能する必要があるのかについて、まだコンセンサスが得られていないためだ。
国土安全保障省は2021年10月に発表した文書の中で、商用のポスト量子暗号ソリューションを組織が今すぐ導入する必要性は「ない」と明確に述べている。「組織は相互運用性を確保するために、今後の国立標準技術研究所の推奨事項を実装した強力で標準化された商用ソリューションや、しっかりと精査され、世界的に受けいれられるソリューションが利用可能になるまで待つべきです」。
しかし、専門家たちは、ポスト量子暗号への移行がどのように進むかについては悲観的だ。
もし長期にわたって量子コンピューターが有益な問題を解けるようにならなければ、「企業はその大げさな宣伝文句のことを忘れてしまうでしょう。そして、30年後に突然問題を突きつけられまで、国立標準技術研究所から生まれた最弱の暗号を実装し続けると思います」と、IBMの暗号学者で、同研究所と共同でポスト量子暗号アルゴリズムを研究しているヴァディム・リュバシェフスキー博士は昨年、MITテクノロジーレビューに語っている。
それこそが、国家安全を司る当局が避けたいシナリオなのだ。
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