マラソンの42.195kmより長距離を走るウルトラマラソン。通常のマラソンの約4倍となる160kmもの距離を走ったり、24時間の走行距離を競ったりする過酷な競技において、世界のトップランナーたちはどんなトレーニングを重ねているのか。
TEXT BY MATT BURGESS
通常のマラソンだけでは、もはや物足りないということだろう。2018年に42.195kmのフルマラソンを走ったランナーは約100万人いるが、いま最も参加者が増えている長距離競技はウルトラマラソンだ。過去20年で競技人口の伸びは1,000パーセントを超えた。ウルトラマラソンはビジネスとしても花開こうとしている。
タイムで競う場合の距離は、50kmから数日かけて数百キロメートルを走るものまで、さまざまなレースがある。だが過酷なのは、あらかじめ決められた時間内(例えば24時間以内)に何キロメートル走れるかという、進んだ距離を競うレースだ。勝つには、誰よりも遠くまで、誰よりも長く走っていられなければならない。
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ウルトラマラソン界のトップには新手のプロランナーが君臨している。こうしたアスリートはフルタイムでウルトラマラソンに取り組み、超長距離を走る専門技術を身につけている。一般の市民ランナーなら5kmや10kmを維持するのがやっとというスピードで、何時間も走り続けることができるのだ。
そして訓練を通じて、肉体的にも精神的にも極限まで自分を追い込み、新たな次元へと到達する。男子160km(100マイル)ラン世界記録の平均ペースは1kmあたり4分14秒だ。これに対して英国の男子5kmランの平均ペースは、圧倒的に遅い1kmあたり5分50秒である。
「これまでいくつか世界記録を達成してきましたが、満足いく走りができたレースはひとつもありません」と、米国の女子ウルトラマラソンランナーのカミーユ・ヘロンは言う。ヘロンは80km(50マイル)、160km(100マイル)、12時間走、24時間走の世界記録保持者だ。
2カ月間の練習で約1,600kmを走破
ヘロンは2019年後半に達成した24時間走の記録では、270.116kmを1kmあたり5分20秒のペースで走った。こうした長距離レースの練習では、本番に近いタイムや距離が出るような、実際の目標に近い走りをするアスリートは少ない。
しかし、ウルトラマラソンのトップランナーは練習でもかなりの距離を走る。ヘロンは24時間走で世界記録を出す前、2カ月間の練習で約1,600kmを走破している。
本番のレースのためにヘロンは、15週間の準備期間を確保した。最初の4週間は、それまで休暇期間だったこともあり、身体の調子を取り戻すために使った。ヘロンによると、練習の一環として長距離を走る場合は32〜35km程度が限界で、それ以上を走ってもあまり効果がないと言う。合計すると、ヘロンは1週間に160kmから190km程度を走る。
ヘロンは自分の強さの秘訣が、高速トレーニングを繰り返す点にあると言う。全体の距離を稼ぐ通常のランの間に、高速ランを挟み込むのだ。勝負強さを身につけるために、極めて速いペースで短時間(90秒程度)走り、その後の区間は少しペースを緩めて走る。
1回の練習で、これを最高16回まで繰り返す。そのほか、練習によっては速く走る区間を長くすることもある。5kmの平均ペース内外の速さで、1.6km(1マイル)から4.8km(3マイル)を走るというものだ。また、最大心拍数の80〜90パーセントで走る区間を組み込むこともある。
高速トレーニングを実施する意味
ところが、ウルトラマラソンの本番では多くの過酷な要因が重なり、ランナーの平均ペースはもっと遅くなる。それなのに、高速トレーニングをする意味はあるのだろうか。
研究によると、ウルトラマラソンで勝つ確率が最も高いのは、それよりも短い距離を速く走れるランナーであることがわかっている。通常のマラソンを速く走れることと、それよりも長距離でペースを維持して走れることとの間には、強い相関関係が存在すると示唆する論文が2つ出ている(走る距離や生理学的特性などでも変わってくる)。「その練習をすると、脚を振るピッチが上限に達する部分で、もっと振れるようになるのです」とヘロンは言う。
ウルトラマラソンのランナーが、練習で超長距離を走らない大きな理由はもうひとつある。身体への影響を無視できないのだ。
ウルトラマラソン関連の既往研究700件を対象に文献調査を実施した研究によると、この競技は骨格筋、心臓、肝臓、腎臓、免疫系、呼吸器系などの面で身体的な問題を引き起こす可能性のあることがわかった。「ウルトラマラソンを完走しても、直接的な健康効果に結びつくものではないことが明確となった」と、論文には記載されている。長距離走から得られる生理学的なメリットは、48km近辺を境に減少に転じる。
目的ごとの“ブロック”に分けた練習
米国のウルトラマラソンランナーであるジム・ウォームズリーは、おそらくどんなランナーよりも多くの距離を走っている。11月末から3月までの間で、最も少ない距離しか走れなかったときでも週に136kmをこなしているのだ。しかし、通常の週は190km台の半ばを走り、280kmに達した週も2回ほどある。
「ぼくの練習は多くの距離を走り込むことが中心です」と、ウォームズリーは言う。短距離をハードに集中的に走るよりも、長距離を走るほうが好きなのだ。ウォームズリーの練習法では、フルマラソン(42.195km)に近い距離を週に複数回走る。「レース前は身体を引き締めなければなりませんから、フルの練習を週に1〜2回します」と、ウォームズリーは語る。
ランナーが超長距離ランを練習に含める場合、実地訓練を兼ねる意味合いがある。本番で口にする食品に慣れ、着替えなどをバックパックに詰めて走ることに慣れる。本番のように、できるだけ長時間立って活動する練習をする目的もある。
「全体的に見て、トッププロは目的ごとのブロックに分けた練習がうまくなってきています」と、ウォームズリーは言う。「このビッグレース対策には、このブロックをやっていこう…といった感じです」
つまりトップランナーは、ブロックを積むように、目的に合ったトレーニングを組み立てているのだ。年に2つか3つのレースを目標に定め、それに合わせて練習を構築していく。
ウォームズリーは2月29日に、米国で東京五輪のマラソン代表選考会に出場している。それが流れとして、今夏のもうひとつの重大目標であるウルトラマラソン「コムラッズ・マラソン」への出場につながっていくのだと言う。
コムラッズは世界最大のウルトラマラソンの大会で、約25,000人が参加する。コースは全長90km、すべて舗装路を走るという点が、ほかのエクストリームレースと異なっている。「ぼくは、ひとつのレースが次のレースの前哨戦になるような、うまく流れを組み立てられるタイプのレースが好きなのです」と、ウォームズリーは説明する。
千差万別なコースに適応する作戦
今回取材したアスリートたちは、みな本番で走るコースを念頭に置いて練習していると語っている。通常のマラソンではできるだけアップダウンのない舗装路をコースとすることが多いが、ウルトラマラソンのコースは千差万別だ。
ぬかるんだ泥だらけの道かもしれないし、砂の上を走るかもしれない。河川の横断で体力を消耗することもある。山岳レースへの出場を計画しているアスリートなら、トレーニングセットに山岳セッションを多く組み込んで本番の対策とする。これから走ることになるコースをできる限り正確にシミュレートしようとするのだ。
ウルトラマラソンで英国のトップランナーとなったトム・エヴァンスは、初挑戦となる161kmレースの前に、コースの途中に登場する3カ所のきつい上り坂の長さと勾配を正確に割り出し、当時のコースレコードに匹敵する記録を出すためのペース配分まで計算していた。
エヴァンスはエチオピアでトレーニングキャンプを張っていたが、必要なデータを細かく紙に書き、ラミネート加工してランニングマシンに貼りつけていた。例えば、「1kmを9パーセントの勾配で時速12km」といった具合だ。「実際のコースが見られるわけではありませんが、スタートしてからどのようにコースが展開するのか、身体に少しずつ覚えさせるのです」と、エヴァンスは言う。
精神力が試される
しかし、ウルトラマラソンできついのは身体だけではない。自分の足で160kmという距離を走ったり、24時間ひたすら競技場のトラックを回り続けたりするには、極めて強い精神力が必要となる。
レースでは同じようなことを何度も何度も繰り返し、数十万回も足を動かして前に進まなければならない。アスリートにとっては、体力と同じぐらいに単調さを乗り切る精神力が試されることになる。
ヘロンが初めて12時間走に出場したとき、精神面では何の準備もしていなかった。結果としてヘロンが学んだのは、「心のなかでレースにメリハリを付けながら走る」ことの必要性であり、その方法をレース中に編み出さねばならなかった。
このためヘロンは、手首のレース用腕時計に意識を集中することで、この難局を乗り切った。30分ごとに鳴って栄養摂取を促す設定になっていたのだが、そのアラームを聞くことで気を紛らわせたのだ。
コートニー・ドーウォルターは最長で386km(240マイル)のレースに優勝したことがあるが、精神的に最も厳しいのは同じ場所を数百周単位で回るレースかもしれないと言う。「ひたすら前へ前へと進もうとするのですが、周回を続けるのはメンタル面で極限のサヴァイヴァルです。気分転換にきれいな景色を眺めることもできないのですから」と、ドーウォルターは言う。
自分ひとりの膨大な時間との闘い
睡眠不足がこたえることもある。あるレースの話だが、265km走ったところでドーウォルターの目に幻覚が見え始めた。コース横にあるブランコで生きたぬいぐるみが遊んでいたという。また、周囲にある物体(主に樹や岩)に顔が浮かび上がってきた。
睡眠不足に打ち勝つ方法はなかなかないが、ドーウォルターは次回からレースの途中で短い仮眠をとる実験をするつもりだという。しかし結局のところ、ウルトラマラソンのランナーは、練習中でもレース中でも自分ひとりの膨大な時間を過ごすことになる。
「物ごとを考えるための時間が際限なくあります」と、ドーウォルターは言う。「とりとめもないことを考えたり、古い記憶を思い返したり、自分が抱えている問題の解決策を思いつこうとしたり。レースが終わったら何を食べようかと、料理ばかりを思い浮かべているときもあります。でもその一方で、周囲の静けさが本当に好きなのです。ときどき、頭の中に静けさだけを満たして走っていることがあるんですよ」
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