1月に上梓された彩瀬まるさんの最新作『さいはての家』は、追いつめられた人々が逃げてきてはひととき暮らす「家」をめぐる連作短編集です。
「子どものころから、脇役の人たちが物語から退場するたびに気になっていた」という彩瀬さんが、彼らのその後に思いを馳せて生まれたという本作。そんなふうに物語に深く入り込んできた彩瀬さんにとって、書店は「みずうみ」を想起させる場所だそう。
それはどんな「みずうみ」なのでしょうか。そして、作家になってから気づいた、書店ならではのある“仕掛け”について、エッセイを寄せていただきました。
彩瀬まる
あやせ・まる。1986年千葉県生まれ。2010年「花に眩む」で第9回「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞しデビュー。17年、『くちなし』で第158回直木賞候補、第5回高校生直木賞受賞。著書に『あのひとは蜘蛛を潰せない』『骨を彩る』『やがて海へと届く』『朝が来るまでそばにいる』『眠れない夜は体を脱いで』『森があふれる』などがある。
みずうみ
財布にはだいたい千円札が1枚と、小銭が少し入っていた。
中学生の頃の話だ。月の小遣いは3千円くらいだったと思う。登校日の昼食はお弁当だったし、通学には定期券を使っていたし、携帯電話の料金は親が払ってくれていたので、小遣いは完全に自分の楽しみのために使うことが出来た。たくさん入れていると使いすぎてしまいそうで、千円札はいつも1枚ずつ、大切に財布に入れていた。
時々、駅のそばの書店に立ち寄った。その頃はなんとなく、と思っていたけれど、今になって振り返ると、ちょっと疲れたなーとか、不安だなーとか、そういうタイミングが多かった。悩み事を忘れて頭の中で完全に1人になりたいとき、中学生の私は物語を必要とした。
書店に入る前に財布をちらっと覗き、千円札があると「2冊!」とすぐに思った。文庫本が2冊買える、という意味だ。2冊、2冊、と呟きながら目についた全ての版元の文庫本コーナーを巡る。幻冬舎文庫と角川文庫の背表紙は色合いが可愛く、「中学生もおいで!」と言ってくれている感じがして特に気やすかった。
丹念に、しばしば1時間くらい歩き回って、ようやく2冊を選び出す。その2冊は、それから1週間の心の避難所だ。辛い気分になったらいつでも鞄から取り出して1人になれる、手のひらサイズの異世界。
小学生の頃から楽しんできた漫画やジュブナイル小説だけでなく、一般文芸の本にも手を出し始めたきっかけは、江國香織さんの『落下する夕方』の文庫版だった。夕焼けをくるりと丸めたような金色と茜色の入り交じった球体が、いくつも天から落ちてくる。そんな美しい装幀に射貫かれて、素通りできなかった。夢中で読んで、翌週はまた同じ文庫本コーナーを訪ねた。
そこから土から湧いた水があふれ、広がり、みずうみを成すように、読みたい本が増えていった。吉本ばななさん、川上弘美さん、と江國さんの本の近くに平積みされていた著者の本をまず手に取り、小川洋子さん、新井素子さんと更に広がり、いつのまにか桐野夏生さんや佐野洋子さん、果てには宮城谷昌光さんや内田百閒さんにまで手を伸ばしていた。
装幀が好きで、高校の頃から触れ始めたちくま日本文学全集は、文庫2冊分の値段なだけあって1ヶ月は通学鞄に入っていた。書店を訪ねるたびに「次はこの本」「あの本も気になる」と店のあちこちで次に読むべき本が光っていた。ここに来れば、なにかしら新しくて美しくて楽しいものに会える。広がっていく認識のみずうみをざばざばと泳ぎながら、とても興奮し、幸せだった。
棚作りという概念を知ったのはデビューのあと、書店さんへの挨拶回りの最中だった。応対してくれた書店員さんが雑談の最中に、「新人に棚の作り方を教えるのがむずかしくて」と口にした。詳しく聞くと、ただ売れ筋の新刊を漫然と並べるのではなく、この本を読んだら次はこの本を読んで欲しい、この本とこの本はテーマが近い、この本が動いたらこの本も動くなど、本と本を有機的に関連させて、書店の棚は作られるのだと説明してくれた。
私は1人で『落下する夕方』からちくま日本文学全集に辿り着いたわけではなかった。始めの1冊から、読書欲がより湧き出るように、あふれるように、広がるように、リードしてくれた書店員さんが、あのお店にはいたのだ。
現在そのお店は場所を移し、店舗面積を大きくしてリニューアルオープンしている。大人になってからは、5千円札を見ると「3冊」と思うようになった。単行本が、3冊だ。気分が落ち込むと、5千円札を握り締めて書店に行く。本に携わる多くの人が一緒に作ってくれた、私だけのみずうみで遊ぶために。
【著者の最新刊】
- さいはての家
- 著者:彩瀬まる
- 発売日:2020年01月
- 発行所:集英社
- 価格:1,650円(税込)
- ISBNコード:9784087716917
「この世から逃げたくて仕方がない。
それと同じくらい、この世に触れたくて仕方がない」(本文より)
駆け落ち、逃亡、雲隠れ。
行き詰まった人々が、ひととき住み着く「家」を巡る連作短編集。〈集英社 公式サイト『さいはての家』より〉
(「日販通信」2020年3月号「書店との出合い」より転載)
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March 07, 2020 at 09:02AM
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