武田准教授がまず挙げたのは、光の取り扱いやすさです。
量子コンピューター開発でメジャーな方式の一つである「超伝導回路」は、チップを絶対零度であるマイナス273度近くにまで冷やさなければならず、巨大な冷凍装置が必要です。また、電荷を帯びた原子である「イオン」を使う方式では、周りに余計な原子や分子があるとノイズが多すぎてうまく動作しないため、測定に使うイオンだけを真空装置で閉じ込める繊細な操作が求められます。
実用に耐える量子コンピューターを構築するには、いかに大量の量子ビットを組み込むかが非常に重要です。これまで開発が進められてきたメジャーな量子コンピューターは、いずれにせよ冷凍装置や真空装置を用いて特殊な環境を作る必要がありました。
これに対して、歴史的に量子力学的な現象を観測するために使われてきた「光」を使った量子コンピューターは「室温・大気中」で操作することが可能です。冷凍装置や真空装置を使わなくても計算できることは、ハードを設計する上で非常に大きなメリットなのです。
真空装置や冷却装置がいらない上、光量子コンピューターでは光を利用することから、量子インターネットなどの次世代技術との相性も良いと考えられている。
提供:武田准教授
ただ、光量子コンピューターにも課題がないわけではありません。室温、大気圧中で実現できるとはいえ、そもそも光の粒である「光子」を用いて量子ビットを大量に構築することが非常に難しいのです。
武田准教授は
「今はまだ確実に量子ビットになる光子を作り出す方法が見つかっておらず、例えば100回作ろうとしても、実際には1回ほどしか出てきません。小規模な実験であれば、寝る間を惜しんで実験を繰り返せば必要な数の光子を確保することはできるかもしれませんが、量子コンピューターで必要とされる量子ビットの数をそろえるのは現状では難しいのです」
と話します。
光量子コンピューター実現の「ターニングポイント」
(この画像はイメージです)
agsandrew/Shutterstock.com_
光量子コンピューターを実現するには、たくさんの量子ビットを、効率よく安定的に作り出せるようにならなければなりません。実は、この分野でパイオニアとして活躍してきたのが、古澤教授であり、その教え子である武田准教授でした。
水面に石を投げ入れると同心円状に波紋が広がるように、光にも「波」としての性質があることは古くから知られています。一方で、光は「光子」と呼ばれる1粒の粒子としての性質も持っています。20世紀に入ってから、光は「波」でもあり「粒」でもある、二面性を持った存在として理解が広がっていきました。
実は、これまで光の量子ビットを作る手法やそれを測定する方法は、光の「粒子」としての性質に着目したものが主流でした。ただ、古澤教授は光の「波」としての性質に着目することで、量子ビットに相当する特殊な光のパルスをたくさん同時に生み出すことに成功したのです。
古澤教授は、2013年には1万個、2016年には100万個の量子ビットに相当する特殊な光のパルスを作り出すことができたと発表しました。武田准教授は、
「大規模量子コンピューターで必要となる大量の量子ビットに相当するものを、容易に作り出し、計算に使う方法論を見つけたことは、光量子コンピューターの実現に向けた大きなターニングポイントになりました」
と話します。
3量子ビットでの計算に成功
武田准教授の実験室。光の回路が並ぶ。
撮影:三ツ村崇志
こうした成果を元に、武田准教授は2023年7月、「大規模光量子コンピューターのプロトタイプ(試作機)を実現した」と発表しました。武田准教授らは、3量子ビットに相当する光のパルスを使って、足し算や引き算に相当する計算を実証することができたといいます。
試作機は、「メモリ」の役割を持つループ状の光の回路(1周約40メートル)と「計算処理装置」に相当する光の回路(1周約20メートル)から構成されています。この回路上で、量子ビットに相当する3つの光パルスをナノメートルの精度で制御し、さまざまな計算を実現します。
提供:武田准教授
国内にある64量子ビットの理研の装置や、127量子ビットのIBMの装置(ともに超伝導型の量子コンピューター)と比べると、今回武田准教授が構築した3量子ビット相当の光量子コンピューターは非常に小規模です。
ただ、真空装置や冷却装置などが不要なため、今回のプロトタイプを最小単位に外側の回路のループを大きくするだけで、光パルス(量子ビットに相当)の数を増やした光量子コンピューターを実現することが理論上は可能です。
2億5000万ドル調達のベンチャーも。産業化への道
カナダ、トルドー首相に説明する光量子コンピュータースタートアップXanaduのクリスチャン・ウィードブルックCEO(2023年1月)。
REUTERS/Carlos Osorio
世界でも光量子コンピューターの研究は進展しています。
2020年には中国科学技術大学などが、特定の問題において、光量子コンピューターでスーパーコンピューターを破る「量子超越性」を達成したと発表しました。カナダのベンチャーXanadu(ザナドゥ)も「量子超越性」のある光量子コンピューターを開発し、クラウドでサービスを公開しています。
武田准教授は
「各国で光量子コンピューターをめぐる人材の取り合いになっている面は否めませんが、現在は、『人を集めて気合いを入れてやれば、大規模光量子コンピューターを実現できる』という段階ではありません。光が進むうちに減衰して計算が失敗してしまうなど、解決しなければいけない根本的な問題に向かっていろいろ試している段階です」
と、冷静に分析しています。
光量子コンピューターでは、かけ算に相当する「非線形計算」と呼ばれる複雑な計算処理の実現は、長年の課題だとされています。
この7月には、古澤教授の研究グループがその難題を解決したと研究成果を発表しました。武田准教授も「私たちのシステムでも、5年以内に非線形計算ができるようにしたい」と力を込めるなど、日本の研究者がトップを走っています。
また、光量子コンピューターの実現にゴールを置きながら、その過程で得られた技術を量子センサーや量子通信などに活用することも見込めると言います。
「日本は、浜松ホトニクスやNTTなど光に関連する産業が強いという特徴があります。こうした企業とも連携しながら、山の頂上を目指す間に、段階的にどう社会に貢献できるかということも意識して研究を続けていきたいです」(武田准教授)
からの記事と詳細 ( 日本が研究リードする「光」を使った量子コンピューターの可能性 ... - Business Insider Japan )
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