毎年40万人が集まる世界最大級のカンファレンス「SXSW」。今年は残念ながら開催中止となったが、立命館大学食マネジメント学部は「サステナブルな食の未来」をテーマにさまざまな発表や展示を行なう予定だった。システム工学、江戸、ゼリー、ロボティクス、持続可能性…キーワードからはおよそ想像のつかないその発表や展示は、いったいどんな内容になる予定だったのか? そして、それを通じて伝えたかったこととは? 中心人物ふたりに訊いた。
PHOTOGRAPHS BY ELENA TUTATCHIKOVA
TEXT BY ASUKA KAWANABE
すべてのはじまりは、1泊2日の学部学生向け体験学習プログラムだった。
2018年6月、立命館大学准教授の野中朋美と鎌谷かおるは、福井県小浜市を訪れていた。自分たちが教鞭をとる食マネジメント学部の新入生とともに、小浜市が進める「食のまちづくり」を学ぶためだ。
立命館大学食マネジメント学部は、食を「フードマネジメント」「フードカルチャー」「フードテクノロジー」の3つの視点から総合的に学ぶ場として、18年に新設されたばかりの学部だ。学生たちは、経済学や経営学をベースに、文化人類学や栄養学、アグリビジネス、リスクコミュニケーションなどさまざまな領域を学際的に学ぶ。それゆえ、教員や研究者たちのバックグラウンドも多彩だ。
システム工学を専門とする野中と、日本史を研究領域とする鎌谷が出会ったのも、そんな環境があってこそのことだ。「たまたまフィールドワークで同じ部屋に宿泊したんです。最初は世間話でした。『授業どう?』みたいな」と、鎌谷は言う。だが研究の話になると、ふたりは互いが物事をまったく違う視点でみていることに気がつく。
例えば、江戸時代の年貢の話だ。鎌谷は現在、古気候学の研究者たちとともに「300年ぐらい前の農業生産力が何に規定されていたか」を研究しているという。「年貢は『穫れたお米に対して何パーセント』というかたちで取り立てるので、毎回分母が違うんですよね。江戸時代の藩主たちは、それをどのように算出するかを、毎年の災害状況などに合わせて詳細に計算していたんです」
この話を訊いた野中は、それをシステム工学と結びつけた。「『領主の制度設計という枠組みとして見るとおもしろいね』と言われたときに、たしかに!と思ったんです」と、鎌谷は言う。
「ものの見方や、学問的な価値観の違いがとても面白くて。『それを歴史学的に考えたら、どうなんだろう?』というような話をしていくうちに、かえって自分の学問をもっとブラッシュアップできる機会になるのではと思いました」。システム工学×歴史学×食の意外な掛け合わせは、ここからはじまった。
江戸の「ちょうどいい」を知れば未来が見える
もともとサステナブルマニュファクチャリング(持続可能な生産)の研究をしていた野中は、鎌谷とともに「江戸のサステナビリティ」を食の観点から研究することを思いつく。そのためにふたりが立ち上げたのが「EdoMirai Food System Design Lab」(江戸未来フードシステムデザインラボ)だ。
関連書籍や記事も多い「江戸のサステナビリティ」。だが一般的に思い浮かべられるのは「環境に優しい時代・都市」という「エコ」のイメージだろう。
しかし、ふたりが考えるサステナビリティの範囲はもっと広い。EdoMiraiでは、長期的な政権や技術の進歩、一般人の知識力の向上、文化水準の高さ、経済社会の発展などさまざまな面をひっくるめて、江戸をサステナブルととらえている。
「国連が最初に発表したときから、サステナビリティは環境面と経済面から成り立つものであり、その後は社会面の重要性も指摘されるようになりました」と、野中は話す。だが、環境問題が喫緊の課題とされるなか、3つの要素のなかでも特に環境面が注目を浴びるようになったのだという。「本来であれば、3つの側面がバランスよく成立することが求められています」
サステナビリティとは何かを評価することは、非常に難しい。ある時点のある側面から見たらサステナブルと言えるケースであっても、時代や視点が変われば評価や評価指標そのものが変わることもあるからだ。「『どのような項目で評価したら、サステナビリティを評価できるか』ということを研究する専門の分野があるぐらい、本来は多面的で包括的な概念なんです」と野中は言う。
鎌谷もまた、江戸時代の人々がサステナビリティを意識して行動していたわけではなく、江戸がサステナブルであるという評価もあくまで現代の視点からのものだと話す。「いまの時代の人からサステナブルに見える行為も、さらに200年後の人が見たら評価が変わるかもしれませんよね。そういう意味では、いまの人が江戸を『サステナブルだ』『エコだ』と思う理由と、当時の人が何を考えて循環型社会を築いていたのかという、両側面を見るのが大事だと思うんです」
ふたりが強調するのは、江戸の「ちょうどいい」という考え方だ。江戸時代には、季節や地域家庭に合わせ、身体や心に馴染むちょうどいいものを無意識に選択していった結果、持続可能な食生活ができあがったのだと鎌谷は話す。
「だからこそ、当時の暮らしや、村を再生産する仕組みが生まれた背景を知ることで、現代社会でそれをやっていくためにはどういう考え方が必要かがわかると思うんです。いまは昔の人々の生活だけをみて『エコな暮らしってすごい』と言われがちなのですが、なぜ、そうなったかという背景、ストーリーを含めてこそ、エコな暮らしなんですよね」
SXSWにかけた想い
ふたりは研究の傍ら、「サステナブルな江戸」というユニークなテーマを海外に積極的に発信している。「SXSW」(サウスバイ・サウスウェスト)も、そんな発信の場のひとつだった。
SXSWは、テキサス州オースティンで毎年開催されている世界最大級のカンファレンスだ。会場ではトレードショーや多様な登壇者によるパネルディスカッション、音楽フェスが行なわれるほか、非公式のサイドイヴェントも多数開催され、近年は推定40万人以上の参加者が集っている。野中らも、EdoMirai設立後間もない2019年に、非公式のサイドヴェントでブース出展やプレゼンテーションを行なっていた。
だが、世界中からそれだけの人数を街に集めてしまうゆえに、感染が拡大している新型コロナウイルスの影響も懸念されていた。そして開催初日を1週間前に控えた3月6日、オースティン市の要請を受けて、SXSWは正式に中止となった。同イヴェントが中止されるのは、34年間の歴史で初めてのことだという(なお、主催者の発表によると、イヴェントの別日への延期や、オンライン開催も検討中とのことだ)。
今年のSXSWに向けて、野中と鎌谷は一般公募から登壇者を選出する「Panel Picker」に応募し、パネルディスカッション「Panels」への登壇を決めていた。
「Gastronomic Sciences Meet Edo Sustainability」と題されたこのパネルセッションには、野中と鎌谷のほか、デンマーク工科大学のフードラボ「DTU Skylab FoodLab」を率いるロベルト・フローレや、スタンフォード大学でフードデザイン研究のエグゼクティヴディレクターを務めるソウ・キムなど、フードテックや食イノヴェイションの第一人者たちが登壇予定だった。
専門分野の違う日欧米からの研究者4人を集めた理由は、合宿で野中と鎌谷が出会ったときのような化学反応を、今度は世界を舞台に起こしたいという期待をもってのことだった。
イヴェントの中止が決まる前、野中はパネルディスカッションに込めた想いについて、こう話していた。
「江戸の食についてみんなで考える、というわけではないんです。互いに違う分野を専門とする研究者と、食の未来をそれぞれの観点で考え合ったら、どんなものが見えてくるのかを知りたいんです。そこから、新たな食のサステナビリティを提案していきたいと考えています。わたしが鎌谷先生の話から感じたような『江戸ってサステナビリティの視点からみるとおもしろい!』というような感覚を共有できたらと思っています」
食研究には多様性が必要
立命館は、SXSWでほかにもさまざまな掛け合わせを予定していた。
そのひとつが、「配管内ロボット(ロボティクス)」×「ゼリー(食)」だ。今年立命館は、同学の学生たちとともに、SXSWのメインイヴェントのひとつでもあるトレードショーにも出展するはずだった。そこで展示予定だったのが、給水管や雨水排水管といった配管内を移動するロボットを使ってゼリーを届ける「Pipeline for Lifeline」である。
配管内ロボットを研究しているのは、立命館大学理工学部ロボティクス学科だ。同学科は、時代や場所を問わず存在するユニヴァーサルなインフラである配管を、有事の際の「輸送システム」ととらえ、その内部を自由に移動する配管ロボットを開発している。そのロボットに、嗜好性・可搬性・機能性に優れた多機能ゼリー(Multi-purpose Jelly Food)を運ばせることによって、災害時などの食搬送インフラにしようというのがPipeline for Lifelineのコンセプトである。
また、SXSW「Focus15s」セッションでは立命館大学食マネジメント学部の学生や外部の研究者らも交えて「食×〇〇」のさまざまなプレゼンテーションを計画していたという。
SXSWに限らず、野中ら食マネジメント学部が、国や領域を超えたさまざまな掛け合わせに積極的なのは、「食」がもつ性質ゆえなのかもしれない。
「多様性があるのは、食ならではの面白さだと思うんです」と、野中は言う。食にかかわる問題への解決策を考えても、すでにさまざまなアイデアが提案されている。「代替タンパクや昆虫食、自動調理といった技術的な解決策の研究開発が進む一方で、スローフードや、フードロスのような制度的な課題解決も必要とされていますよね」
あるいは、個人の食に対する嗜好にも多様性は見られる。管理食でストイックな食生活をしている人から、美食家、あるいはまったく食に興味のない人まで、個人の食とのかかわりかたは十人十色である。
「いまはいろいろな食の選択肢がありますが、食の満足の要因が人や地域、時代、思想などによって違うからこそ、そこに多様性も認められるべきです。だからこそ、持続可能な食の未来をいろいろな立場の人が考え、研究しなければいけないと考えています」と、野中は話す。
残念ながら、今年のSXSWは中止となってしまったが、準備のなかで生まれた新たなつながりやアイデアが消えることはない。その掛け合わせの一つひとつが、未来の食における可能性の次なる探索へとつながっていくことだろう。
[ 立命館大学食マネジメント学部 ]
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March 12, 2020 at 02:00PM
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