
JR大阪環状線の鶴橋駅に着くと、電車のドアが開くなり、焼き肉の香ばしい匂いが出迎えてくれる。夕暮れの鶴橋のプラットホームは人があふれる。
「ええ匂いでんな。わしカルビからいきますわ」
連れの漫画家(72)に落ち着きがない。
「アホ。メシはあちこち歩いてから。取材が先や」
叱ると彼は頭をかいた。
鶴橋=コリアンタウン。ここの歴史には悲しみ、憎しみ、恨み……いろいろな感情の渦巻きが朝鮮民族の胸の奥にある。そんな過去をしゃべりながら電車を降りたが、改札口を出ると同時に左右前後が韓国で満ちている。
歩き疲れるくらい、ここには長い商店街が林立している。すべての商店街に強烈な活気がある。そしてその全てに衣食関係は無論、生活に必需の数々がある。ゆったり歩いているとキムチを売る女性に呼び止められた。
「あのな、あんたらに教えといたる。ここはな“鶴橋に行けばなんでも揃う”で有名なんや。覚えとき。(キムチ)買うのか、買わんのか、どっちやの?」
韓国人の大阪のおばちゃんはそう言ってガハハハッと笑った。
食べるため生きるために日本に来た
やや高級感のある焼き肉の店に入った。
「店の名前は書かんでええよ。宣伝してもらわんでも、ようさん(多く)お客さん来てくれるから」
男の店主もざっくばらん。
漫画家がお待ちかねのカルビ、ロース、ハラミ……をたらふく食べた。
「うまいでんな」
顔に“幸福”という字が書いてある。
ビールも酒もたらふく飲んだ。店主のすすめるまま韓国の酒も飲み、勘定は福沢諭吉1枚で野口英世が数枚返ってきた。
店を出ると漫画家が周りを歩く韓国の若い女を見ては「美人ばっかりやな。スタイルといい、胸の膨らみといい、歩き方も格好ええ。ブスがおらんもんなあ」とうなる。“整形”の先進国とはよく聞くが、いや、実際、見惚れる女が目の前を歩くから心も弾む。
漫画家が「終電までここにいたい」と言った。二つ返事。
「そやな」
素朴な酒場を見つけた。席は6人分くらい。
「立ったまま飲んでもええよ」
女将が笑う。先客が1人。熟女で、すでに出来上がっている。
戦後すぐ母親が日本に来た。食べるため、生きるため。
「その母親に日本へ来いと呼ばれた。もう40年も前のことよ」
熟女は故郷釜山に別れを告げた。
「私の旦那は日本人よ。すぐ離婚したけどね」
熟女は「カラオケに付き合って」と願った。歌はプロ級らしい。
♪たたずむ釜山港に涙の雨が降る……を歌うと今も涙がこぼれると言った。
(平井隆司)
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November 27, 2020 at 04:00AM
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大阪・鶴橋のコリアンタウンではさまざまな感情が渦巻く|そこに昭和がある旅 - 日刊ゲンダイ
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